賭けに勝ち仕事へと出掛けた幻影旅団を見送り、静まり返った廃墟の中
無言で突っ立っているジャージのオーラはさながら阿修羅を形作るかのように立ち昇っていた。
今なら勇者の永遠のライバル(?)である魔王を睨むだけで配下に従えそうな目つきをしており、
それはそれは凶悪という言葉が眉なしという言葉以上にしっくりくる形相である。
この廃墟群のなか、見えないながらもどこかには潜んでいるであろう幽霊だって
陸上選手のように背筋を伸ばして突っ走って逃げるほどの圧力を発している。
そんな廃墟の中に取り残されたところで待っていろと言われても、が私の今の心境だ。



ミスマッチ27



とりあえず私とフィンクスの間にを置いて壁代わりにしたところで、これからのことを考える。
正直考え事なんかしている状況ではないのだけれど、早急に計画を立てなくちゃいけないので、
あそこで出入り口を見ながら無言で立っているジャージはいないものとして扱おうと思う。

さて私がここにいる目的は言わずもがなパクノダ、とウボォーギンを生き返らせ、
そして最終的にはクロロにかけられた呪いとも言える鎖の念を引き千切るためである。
しかしそれらを実行するのは4年後。まだまだ先のことだ。
当面の目標は、まずそれら3人に私のオーラで24時間覆うことだ。そして少量を含ませる。
それが発動条件。このままぼーっとしながらその時が来るまで待ち続けるわけにはいかない。
だが警戒し慣れているあの集団の中でそれを達成するなんて私がヒソカと手を繋いで満面の笑顔を浮かべながら
公園でピクニックをするほど困難なことだ。
オーラに敏感な奴等に覆わせるってだけでも無謀なのに。24時間。
それに私は得体の知れない子供。を連れている時点で念能力者であることはばれているだろうから、
なおさら普通にやろうとしたところで無理だろう。火を見るより明らかだ。

であれば、まず必要となってくるのが信頼だと思われる。
強さを身につけて無理やりオーラを覆うとか、気付かせないようにやるなんて選択肢はまず捨てる。
そんな希望、蟻の体重ほども持てない。
つまり味方をつくって助力してもらうのだ。何かあったら擁護もしてもらう。
オーラで覆おうとした時に、必ず抵抗されるか警戒される。
しかし仲間に何か言われれば、耳を傾けるかもしれない。少しは動きやすくなるはずだ。
そしてその大役をやってもらおうと思っているのが、未だ拳が震えているジャージもといフィンクスだ。
こいつなら強化系で単純一途。騙せるとは思っていないが正直に私の状況を説明すれば何とか動いてくれるはず。
フィンクスが仲間に信頼されているかと聞かれたらまあそれは置いといて。
とりあえずこいつならいいだろう。ちょうど2人だけだし。


そこまで決めたのは良かった。
クロロ達が帰ってくる前にさっさと終わらせようとも思う。思うのだが。
如何せん今のフィンクスは機嫌が悪すぎる。
突っ立っていた体制からいつの間にか座り込んでいたのだが、オーラはどす黒いまま。
目元には影が落ちて陰気なものを振りまいている。
あーどうしようかと隣にいるのざらざらした肉球を触ってみたところで良案は浮かばない。
ついでに足の裏をくすぐってみたら嫌がった。手をぶるぶるして嫌がった。
ちょっと面白いなともう一度やってやろうとする私と、どうにかして逃れようとするの攻防が
10秒ほど続いた後、今まで爆弾岩のように黙りこくっていたフィンクスから声がかかった。

「てめぇ何モンだ」

ここでメタモンだと返したら骨を粉々にされて本当にメタモンのようになってしまいそうなので、
その答えは一旦保留としておく。

「なんで俺がこんなガキの面倒なんざ見なきゃなんねぇんだよ」

それはコインで負けたからだろうと言ってやりたいが、言ってしまうと…以下略だ。
私だって好きでこんな所にいるんじゃない。
いつかは幻影旅団と接触をしようとは思っていたが、なにもこんな最悪なタイミングである今では決してない。
そんなことを言われてもどうしようもないのだ。言うなら問答無用でここまで連れてきたクロロに言ってくれ。

「おいコラ無視か」

もう完全にヤンキーなそれに突入したフィンクスは、そこらに屯っている若者より性質が悪い。
殺されることはなかろうが、私のHPは確実に減ってきている。早く誰か薬草を。

それでも無言を突き通した私に痺れを切らしたのか、音もなく立ち上がりこちらに歩み寄ってくるフィンクス。
今にも唸り声を上げそうな、鼻に皺を寄せ立ち上がった
双方からはやんのかコノヤローと言わんばかりの殺気が溢れ出し、フィンクスなんかは指をボキボキ鳴らしている。
指が太くなるから止めた方がいいのにという余計な思考に、この場をどうにか納めなくてはという思いが重なる。
相手がフェイタンじゃないだけまだマシだ。
フィンクスであればまだ話は通じる。まだ。
もうこれ以上考える時間はないだろうことをフィンクスの眉間の皺から察し、私も立ち上がりの横に並んだ。
未だ興奮状態であるの頭を撫でて落ち着かせてやり、改めて真正面から極悪なその顔を見上げる。
幻影旅団に相応しいのかは分からないが、少なくともコルトピ以上に犯罪者な顔である。
本当に説得なんて出来るのだろうかと少々不安であったが、やらなければならないのだ。
やるからには成功させないと。失敗すれば信頼を得るどころの話ではなくなってしまう。



「フィンクス」

「…あ?」

やっと喋りやがったな、という顔でこちらを睨みつける。
先ほどまでの針みたいな殺気はちょっとだけ弱まった。ちょっとだけ。

「私はと言う」
「んなもんとっくに知ってんだ。それよりお前が何モンだって聞いてんだよ」
「ただの子供」
「ただの子供を団長が連れて来るわけねぇだろうが」

ああ言えばこう言う。こいつ本当に私の言うことを聞く気があるのだろうか。
正直に言っても信じないだろうことは明白だけど、誤魔化すのは難しそうだし何より面倒。
嘘の上塗りも後々面倒なことになる可能性が高いから嫌だ。

「…異世界人」
「…あ?」
「私はこの世界の人間じゃない」
「なめてんのか糞餓鬼」

聞く耳持たず。「あ」に濁点まで付いている。
信じてもらえないだろうことは分かっていたが、温厚な私だってそろそろ殺意を覚えてくる。

「これから何が起こるのか、一部のことを知っている」
「あんだ、予知能力者か?」
「違う。もともと知っている」

詳しいことは言わない方がいいだろう。
変に突っ込まれても説明が面倒だし、何かが変わる可能性だってある。

「数年後までに旅団の2人が入れ替わり、今から4年後には数人が死ぬ」
「……」
「頭をも失う。それを食い止めてみたい」
「おちょくってんのかテメェ」

クロロの話を出した途端に強まる殺気。団長への忠誠心が窺えるな。
肌はびりびりとして痛いほどだし、手先だって冷たくなっている。
だがここで引くわけにはいかないのだ。
何を言えば信じてもらえる。未来のことを言い当てれば良いのだろうが、この辺りのことは知らない。
知っているのは4年後のことか、旅団のメンバーが入れ替わる数年後のことか。
しかしそんな先の話をしていては埒が明かないのだ。

「フィンクスの念能力」

一か八かだ。

「それを言えば信じてもらえるか」

眉間の皺を増やしたが、何も言ってこずに黙っているのだからとりあえず話は聞いてやろうみたいな感じだろうか。
それとも呆れて声も出ないってことか。
むしろ言った途端攻撃されるんじゃないだろうか。その時はにどうにかしてもらおう。
頼んだ、と隣にある頭を数回叩く。


「系統は強化系」

「…続けてみろよガキ」

「能力は廻天(リッパー・サイクロトロン)。腕の回転数に比例して攻撃力が増加する、物理攻撃」

「ホ、ントに何モンだテメェ…」

目をぎょっと開かせて宇宙人でも見るかのような目付きに変わる。
凶悪なオーラは完全には閉じられていなかったが、当初よりかは和らいだ。
「ちょ、ちょっと待て」と言いながら何かしら状況を整理しているようで、普段使わない頭を使っているようだ。
大きな一歩ではないが、進展があったことにほっとした。
こいつさっきから私の言うこと言うこと全て転がってきた空き缶を大嫌いなあいつの顔面にめり込ませるような勢いで
否定するもんだから一時は失敗かと思われていたのが、なんとか乱闘は抑えこめたようだ。
でもまだ安心はできない。

「…癪だがお前の言った念能力は当たりだ。そこまでは認める」

そこまでは、って何だ。

「だがな、俺の念能力を知ってんのとお前が別の世界の奴だってのは、どうやったらイコールになんだよ」

そうきたか。いや、まあ確かにそうだろうが。
いい加減大人しく認めてくれないだろうか。

「私の世界にここのことが書かれていた。それを読んで知った」
「…それを俺に信じろってのか?」

正直に言ったのに、なめてんじゃねぇぞモードに戻った。
そりゃいきなりそんなことを言われても可哀想にと思いながらその口を糸で縫い合わせたくなるだろうが、
こっちだって真剣に本当のことを言っているのだ。
そこまで全否定されるとなんだか虚しくなってくる。

「お前が俺の能力を知ってて、団長がなんでお前なんかを連れてきたのか何となく分かった。
 だがな、それがお前を認めるっつー事にはならねぇ」
「どうしたら信じる」
「どうしたもこうしたもねぇよ。信じろっつー方が無理な話だろ」

フィンクスが大きく息を吐く。
そうすることで殺気はほとんどなくなった。威圧感は残っているが。

「ガキ、お前の言ったことを全て信じちゃいないが、俺らに敵対しようってことじゃねぇことも分かった」
「……」
「認めんのは、そこまでだ」

踵を返し、背後に積み上がっている瓦礫の一角へとフィンクスは寝転がった。
「逃げようなんて変な気起こすんじゃねぇぞ」と一言残し、浅い眠りについたようだ。
私はその場へと座り込む。も落ち着き、私に体を寄り添わせてきた。
尻尾が優しく背中を撫でている。たぶん慰めているか落ち着かせているかしてくれているのだろう。
側にある体温が暖かくて、私は目を瞑った。



かくして私の計画は第一歩目から失敗したのである。




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