壊れた壁から射しこむ以外に光の存在しない廃墟は、積み上がった瓦礫が部分的に見えるだけで、
その他の場所はこの廃墟のように拒絶感を顕にし、暗闇で満たされていた。
少しだけ光が射し込んでいると、それ以外の闇はさらに深くなる。
瓦礫を僅かに浮き上がらせている光の内のひとつに、誰かのつま先が照らし出されているのを見て、
こんなことなら真っ暗闇のほうがまだマシだったと目を逸らした。



ミスマッチ26



中途半端に明るい部分があるお陰で私の目はまだ暗闇に慣れていない。
というか電気はないのだろうか。明かりをつけないのだろうか。せめて蝋燭とかないのだろうか。
こんな暗闇の中でも構わず本を読んでいるクロロの目の網膜には、きっとフクロウのように桿体細胞が豊富なんだろう。
つまりはこいつ人間じゃないなと言うことだ。こんな薄暗闇の中でよく本など読める。
ぺら、とページをめくる音が耳に届く。
その時に起こる微弱な風でさえ頬に当たるほど私はクロロにくっ付いているのだが、それには当然訳がある。
この廃墟に入った時から1時間後の今に至るまで、ずっとあの小さい人は私に殺気を投げかけているのだ。
いい加減その刃物みたいな殺気はやめてくれないだろうか。首がチリチリしすぎて焼き切れそうだ。
時にニヤッと邪悪な笑みを浮かべるのも止めてくれたらそれに勝ることは無い。
もう一人は我関せず的に寝ているし。
とりあえずクロロの隣にいればいきなり攻撃されることも無いだろうからここに居座っているのだが、
隣にいるがそろそろ限界かもしれない。いろいろと。
先ほどからずっと尻尾は大きく不規則に揺れているし、耳だって立ったままだ。
私の横にぴったりと付いて座っているが、足は緊張させたままであるのがよく伝わってくる。

ぴりぴりと落ち着かない雰囲気の中、私はずっとやる事もなくこうして座っているのだが、
こんな空気の中で固まっているのならまだカレンの相手をして疲労骨折した方が精神的には害を及ぼさない。
ため息ひとつ吐ければまだ変わるんだろうが、こんな所でこれ見よがしにため息なんて吐いた日には、
と小さい人の乱闘がアリーナ席で見放題になるわけだ。そしてその危害は間違いなく私にも降りかかる。
誰かこの状況を打破してくれないだろうかと、眠りこけて終いにはいびきなんぞをかき始めたジャージに
目を向けるも、打開策のだの字も見えてこない。使えない。
静電気のようにちりちりしている殺気に私の髪は燃えるんじゃないだろうかとあり得ない心配をしてみる。
膝を抱えて小さく丸まってやり過ごそうとしていると、やっと隣から小さい人に声がかかった。

「フェイタン、いい加減やめろ」

「……」

チッと小さくもない舌打ちを捨て台詞のようにこぼし、さすが団長第一主義。大人しく引いた。
でもまだ目が鋭い。もうホント口許が引き攣るくらい自分が可哀そうになってくる。なんだこの状況。



クロロに抱えられ入ってきた時、先客が2人いた。
一人が小さい人、フェイタン。
もう一人がジャージ、フィンクス。
原作でもこの二人は仲が良いとか一緒に行動することが多いとか言っていたが、それは本当だったらしい。
入るなりフェイタンは殺気をビシバシ飛ばしてくるし、ジャージの額には皺が寄りっぱなしだ。
アウェーとか生温いこと言ってる場合じゃないなと身の危険を感じたが、虎の威をかる狐の如く、
クロロの服を鷲掴んでみる。ここにはクロロがいるんだぞ、攻撃したらきっと怒られるぞと。
すると面白いくらいにフェイタンが手に持っていた細い針のような武器を収めたのだ。
これは良い、と床に降ろされた後も服の裾を掴んでクロロにくっついて歩いている。
その後ろをが追いかけてきている。まるで歪なカルガモ集団だ。
フェイタンは射殺さんばかりに私を睨みつけていたが、フィンクスはクロロの後にくっついて歩く私を見てちょっと考えた後、
「…ロリコン?」と素直に率直に馬鹿正直に呟いたものだからどこかから飛んできた辞書並みに分厚い本の餌食となった。
尋常じゃない音が響き、どさりと倒れて動かなくなったその体。
ピクリともしないフィンクスに、やばいんじゃいないかと心配になったが、聞こえてきたのは盛大ないびき。
そのままご就寝されたらしい。ここはきっともののけの住処なのだ。決して人間だとは認めない。認められない。


なぜここにこの2人がいるのだろうかと疑問に思っている時、隣にいたがぴくりと反応した。
密着しているの腹で呼吸の仕方が分かるのだが、幾分腹の膨らみ具合が小さくなったと思う。
私もそれに呼応して呼吸を小さくする。イメージで言うなら腹式呼吸のようなものだ。
幻影旅団相手に気配を探るなんて雲を掴むより難しそうだから、そんなことはしない。
ただと一緒に入り口へ注意を向ける。
扉の形をした明かりが床に張り付いているが、そこに長い影がさした。人間の形をしている。
その影が徐々に入り込み、床の明かりの中へ全貌を映し出した頃、カツンと初の足音をならせその人物が建物へと踏み込んだ。

そこに現れたのは、胸元の露出が激しいパクノダと、個性的な和服を着ているマチだった。
パクノダ。
これから4年後、死ぬ人。
そして可能であれば念能力を使って生き返らせようとしている人。
夢の中で一度会い、食虫植物を初めて使ったと印象に残っている人。
念能力を発動させるために、信頼を得なければならない人。

果たして、本当に上手くいくのだろうか。
果たして、本当に生き返らせたいと私は思っているのだろうか。
疑念と疑問が渦巻く。それはすべて自分へと投げかけられているものの、答えは出てこない。
重たく濁った煙が喉の奥に詰まっているような、そんなもやもや感がわだかまりをつくる。

考えても出てこない答えをいつまでも捻り出そうとしても、疲れるだけだ。
空気を一掃させようと、空気を思い切り吸って思い切り吐いた。いくらかすっきりする。
パクノダに食虫植物の念をかけるには、事前に私のオーラで24時間覆い、かつ少量を含ませなくてはならない。
周りを警戒し慣れている集団の中でそれを達成するのは、難しい。
私にとっては野生ライオンのたてがみをハサミで角切りにするほど難しい。
しかしそれをやらなければ私がここに来た理由を失ってしまう。
正確には連れてこられたのだが、それには目的があったからこそだと言い張れる理由が必要なのだ、
精神面の健康維持および活力面において。


「なに、その子供」

冷たく淡々とした声が廃墟内に通る。所々穴が空いているからなのか、あまり音は響かない。
やっぱり自分は不審人物だよな、と病院に忍び込んだクロロと自分を重ね合わせる。
いやでもこれは不可抗力だけれども。そして出会った人を気絶させるような必要もないけれども。

「なんか団長が連れてきた子供。よく分からん」

いつの間にか起きていたジャージが、寝転がりながら答えている。
その中心にいる私としてはかなり居心地が悪い。
右にクロロ、左にと挟まれているが、その視線は嫌というほどびしびし伝わってくる。
殺意は無いけれど、敵意はある。一般市民の私にとっては辛い視線だ。
けれどもここで目を逸らした方が警戒はされるだろう。というか既に目が合っていて逸らせない。
逸らした瞬間、敵だと見なされ攻撃されそうである。
パクノダは少し目を細めてこちらを見ているし、マチにいたっては元々の目つきが悪いためか
射殺さんばかりの勢いで睨みつけているように思える。
更にはさっきまで寝ていたフィンクスも観察するように見ているし、フェイタンについては言わずもがな。
何だろうか、この状況は。何なんだろうか。
ちょっとこの現状をどうにかしてくれないかという気持ちでクロロの服を掴んでみる。
もしくはお前ちょっと盾になれよみたいな意味合いも混ぜて。
それに気付いたのか否かは分からないが、視線は本に落としたまま、クロロは私の頭に手を乗せた。
続けて2回軽く叩かれる。ポン、というよりは、ポス、という感じで。
それがどのような意味合いを持って行われたことなのかは分からないが、それを期に警戒心のような
ピリピリとした空気がなくなったので、きっと敵じゃないとか何とかを行動で示してくれたのだろう。
その証拠にフィンクスはまた寝入るし、フェイタンも武器の手入れを再開しているし、パクノダとマチはそれぞれ
好きな場所に座って何やら雑誌を広げて話し合っている。
助かった。
あの空気の中にいるだけで、毒を喰らったようにHPがどんどん減っていく思いだった。

ところで、だ。クロロのあの行動は何なんだろう。
あれは完全に私を子供扱いしているのだと解釈して良いのだろうか。
今までだって子供扱いされたことは数え切れないほどある。
露天のおじさんに飴を何個貰ったか憶えていないほどに。
しかしそれは私を生まれてから数年だと、見た目通りに捉えているからである。
小学校低学年ぐらいだから飴玉をサービスしてやろうと言う、気さくな発想だ。
だからこそ私だって我慢できたのだ。こいつは何も知らないんだ、悪意など無く、良心から成る行動なのだと。
だが、こいつは。クロロは10年前にも私と会ったはずだ。そしてそれを憶えているはずだ。
憶えているならば、どう考えても私の歳は10代後半の多感期である。
もしかしたらそれ以上の年齢であることだって考え得る事実だ。
クロロは頭が回る。それくらいの結論や可能性には辿り着くことだろう。
それを知っていながら頭を叩くなんて行動に出たとあらば、これは喧嘩を売られていると考えて良いのだろうか。
もしくは宣戦布告だと士気を上げて良いのだろうか。
先ほどまではクロロ以外の人間が敵だと警戒していたが、今は隣にいるこいつが親の仇だと思おう。
親元気だけれども。死んでないけれども。



それから数十分、またひとり幻影旅団のメンバーが入ってきた。
小さな人影。顔を覆いつくす髪と、その間から覗く大きな目。コルトピだ。
コルトピは一瞬私と目を合わせ、すぐに興味を失くしたかのようにそこらの廃材へ腰掛けた。
我関せず、な感じだ。

これで幻影旅団は6人。けっこうな人数が集まったのだが、この後何をするのだろう。
何をする、と言ってもやることはひとつだろうが。明日の朝刊が賑やかになるんだろうな。
『速報! 何者かが美術館へ侵入し○○を持ち去る! 生存者は僅か1名』
頭の中で悶々と出来上がっていく1面に文字が躍る。
きっと横には事件のあった美術館の外観と盗まれた品の写真。
幻影旅団はこれから仕事なのだろう。
廃墟内が夕日でオレンジ色に染め上がり、徐々に暗くなっていく頃、クロロが本を閉じて立ち上がった。

「さて、そろそろ行くか」

「今日は暴れて良いんだよな!」

夜の帳を降ろすかのように低く言ったクロロの言葉に、楽しみで仕方ないと感情を剥き出しにしたフィンクスが返す。
それにクロロは好きにしろ、とだけ言った。うわ、血生臭い。
もしやこれって私にも行けとか言うんじゃないだろうか。それは勘弁願いたい。
クロロがこちらを向いた際、自分は絶対に行かないと分かるよう、行ってらっしゃいと手を振った。
私は部外者。私は第三者。私はイレギュラー。つまり私はそこには混じらない。
そう断固とした意思が伝わったのか、すんなりとクロロは「ここで待っていろ」と言ってくれた。
え、いいんだ。と驚きと逃げられるかもしれないという嬉しさで舞い上がったが、それは土壁のようにいとも簡単に崩れ去った。

「誰か一人、ここに残っての見張りをしていろ」

ビシ、と空気がコンクリートのように固まってガラスのようにヒビが入って活火山のように危険さを伴ったのを私は感じた。

「…そうだ、言い忘れていた。こいつはだ」

しばらく様子を見る、と続けて、空気がさらに危険度を増したのが手に取るように分かった。
これはもう100年噴火していない活火山の麓で暮らしている住民の気持ちだ、きっと。

「団長、どういうことだい? そんな子供をここに置くなんて」

マチの鋭い目にも負けない鋭利な言葉。言葉自体が鋭利なんじゃなくて、声色が鋭利。刺さったら痛そう。

「どうもこうもない。ただ興味があるからだ」

当然だろと言わんばかりの言い草に、これを言われたら絶対イラッとするなと思った。ものすごい自己主義。
だがいきなり「興味がある」はないだろう。ちょっとそれは違う意味で捉えられる可能性があるのだが。
案の定、またもやフィンクスが「ロ…」まで言ってはっとして口を噤んだが、本の餌食になっていた。
頭蓋骨が割れたような重い音がしたのだが、大丈夫だろうか。

クロロの反論を許さないような言葉は、効果てき面だったようだ。
マチは小さく「分かったよ」と呟き、パクノダは諦めたようにため息を吐いた。
こんなにすんなりと受け入れて良いのだろうか。
…いや、受け入れたんじゃない。受け流しているような感じがある。
仕方ないから置いておくけど、面倒なことはするんじゃないぞ、という感じである。
遠い親戚に預けられた天涯孤独な子供のようだ。

「で、誰がここに残るの?」

パクノダが全体を見渡しながら言う。
コルトピとクロロは今回の仕事に必ず行くようで、それ以外の人物、ということになった。
決定方法はコインで。
ここで生のコイントスが見れるなぁと思っていたのだが、早すぎて見えなかった。悲しくも当然の結果である。

「表」

「裏」

「裏」

「表」

表。

「表」

「裏」

表。



その瞬間、フィンクスの悲痛な叫びが廃墟に響き渡った。



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