二次試験会場である森の中へ入っていくを見送って、もしかして入り口付近で
待っててくれてるかなとちょっと期待していたのだが、夜が明けた今も俺は一人で森を歩いている。
そりゃそうだよな、と分かってましたよオーラを出しながらも、もやもやした悔しい感じは消えなかった。
せっかく見つけた面白い材料をじっくり観察して、あの不可思議なコンビの謎を解き明かしてやろうと 思っていたのに、だ。
ハンター試験がことごとく邪魔をしているように思えてちょっとムカついてもいる。
とりあえず試験中だから逃げられることもないだろうし、あのとかいう犬もいるから死ぬこともないだろう。
でも俺が面白くない。絶対が喋るところを聞いてやろうと思っていたのに。
自分の立てた計画が崩れていくと言いようのないイラつきが募るが、でもそこで駄々をこねるような
子供ではないことは自分でも分かっている。冷静に考えて、次の計画を立てないと。
計画といっても、でどう遊ぶかとかそんなものだが。
まずは探し出さないとな、と天高くまで昇った陽を見上げながら思った。



ミスマッチ20



表情を変えずにただそこにあるだけの森に鋭い針が張り巡らされたのは、空が赤く染まった頃だった。
針が張り巡らされた、と言ってもそれは物理的にではなく比喩的表現だ。
だがそう表すに相応しいほどの空気が、たまに葉を揺らす風よりも素早く駆け抜けた。
これは殺気だ。
それも一般人ではない、念能力者の強い殺気。
今期のハンター試験で念能力が使えるのは、自分と、あの子供だけ。
それ以外の受験生は皆、オーラ垂れ流しの一般人だった。
ならばこの殺気は、あの子供の。
一瞬でそう結論付けて、ざわめく森の中を殺気が飛んできた方向へと気配を絶ちながら向かった。

2羽の鳥が頭上を素早く飛んでいくのを横目に見ながらその場所に辿り着くと、先ほどまで何かが
争った後がそこかしこに残っている場所に出た。生き物の音は何も聞こえない。
草むらの枝はボロボロに折れ、木の幹には爪の後が残り、皮が剥がれて日焼けしていない幹がむき出しになっている。
足もとには抉られたような土の凹みが出来ており、何より濃い殺気がまだここに漂っている。
抜け出す先がないように重い雰囲気がそこには息づいていた。
ここからが去ったのはそう前のことではないはずだ。すぐに追いかければまだ見つけることはできるはず。
円を広げても掴まらない気配に焦れったい思いに焼かれながらも、この広い森の中で子供を見つけるチャンスを
逃す手はないと自分に言い聞かせ、辺りを見渡す。
若い雑草が生えて埋もれそうになっていた獣道を見つけて、早足でそこへと踏み入った。

太い枝から枝へと飛び移り、視界を大きく保ちながら少し進んでいくと、読みが当たった。
がいたのだ。一人で。
あれ、と思って辺りを見渡すが犬がいない。
が暮らしていたあの街でも、が他の子供に付いているところを見かけたのだが、
そういったことが結構頻繁にあるのだろうか。
平和な街中であれば理解はできるが、ここは受験生も凶暴な野生生物もいる深い森の中。
そんな中一人だけで歩いているのはなんとも不自然だ。
しかしそんなこと気にしていないのか、元々なんていなかったのだと言うようにはどんどん進んでいく。
声を掛けようか迷ったのだが、感じ取る雰囲気がいつもと違ってどうしてもあと一歩が出なかった。
まるで手負いの獣だ。
横から見た顔は何も変わらず無表情を貫き通していたが、気配でまわり全てを拒絶していると分かる。
ハリネズミが鋭い毛を逆立てて身を守っているようだ。
これは接触すべきではないと自分の中の何かが必死に訴えかけている。
あの子供がここまで拒否を示しているのだ。
もし近くにあの犬がいるのだとしたら、見つかった時何をされるか分かったもんじゃない。
あの犬は鋭い。あまり長居をすると見つかる可能性もある。
別にと戦闘がしたい訳ではないので、ここはいったん大人しく引き下がろう。
陽も落ち始め、きっとここからあまり動かないだろうから、時間を改めてもう一度この辺りを探せば見つかるはずだ。
小さな腕の中に大きな金色の卵が抱えられているのが見える。もう二次試験の目標は達成したのだ。
自分も卵を見つけてさっさとクリアしよう。
そう思って、慎重に気付かれないようにしながらその場を去った。


翌日。
固い枝の上で寝て凝り固まった筋肉をほぐすように大きく伸びをした。
朝日が顔を出したばかりの時刻、空気は澄んでいて森全体には朝靄が立ち込めている。
細かな露に朝日が反射しあいとても綺麗だ。
携帯を取り出して写真を撮ってみたが、うまく写らない。性能をもっと上げておくべきだなと思った。
に見せて表情が変わるか実験してみたかったのだが、失敗だ。
断念して仕方なく携帯をしまい、もっと木の上のほうへと登っていく。
あの金色の卵は高い木の頂上付近に作られた巣の中にあるので地上からでは見つけにくいが、
高いところからだと意外にたくさん見つかったりするものだ。
足もとに広がるいくつかの木を見渡していけば、苦もなくさっそく見つけることができた。
よし、あれにしようとゲーム感覚で気配を絶って見張りをしている親鳥へと近づいた。


手に入れた 卵は邪魔なので別の場所に隠し、昨日がいた辺りに足を運んでみる。
円を広げながらうろついているのだが、なかなか見つからない。
もしかしてもっと遠くにいるのだろうかと目を凝らしてみると、子供ではなく光を反射している川が見えた。
ここら辺を動き回って探すよりも、「果報は寝て待て」と言うように川で待機していた方が良さそうだ。
ちょっと気疲れしてきたこともあるし、自分もあそこでいったん休憩を取ろうと足先をそちらへ向けた。

岩場の影でぼーっと座っていると、近くの茂みから足音が二つ聞こえてきた。
息を殺して窺っていると、影の中から若い青年とが姿を現す。
だがその二人だけだ。やはりが見当たらない。
他の受験生がいるから警戒して身を潜めているだけなのかもしれないが、あれは害のない人物だ。
最初見たときからのらりくらりとしていて、他人を受け入れるのではなく受け流すような奴だと認識している。
本当にそんな性格なのか、はたまた本性を隠しているのかだと思っていたのだが、結果的には前者だと結論付けた。
もし後者であったなら気付くはずだ。自分もそうだし、同類には鼻が利く。
青年は警戒視するのも馬鹿げているほどハンター試験に熱を入れていない。
なんというか、「ちょっと受けてみただけ」と体全体、オーラ全体で言っている。あれは大丈夫だ。
仲良く、というかまぁ平和に川の水を飲んでまた森へと入っていく。
なんだ、上手くやってるんじゃないか。ちょっとムッとしながらも心配はなさそうだと息を吐いた。
相変わらずの姿が一切見えないが、とりあえず一安心した。
今ここであの二人に合流しても良いのだがそれも気が進まない。
そのままその場所でまた呆けながら空を仰いでいたが、お腹が空きだしたことに気付いて食料を捕りに行くことにする。
最近は肉類を食べていなかったから、この辺の生物でも適当に狩ればいいだろう。
血抜きとか解体とか、あんまり血なまぐさいことを自分の手で直接したくはないが、今は仕方ない。
鳥が空に線を一本引いていくのを見ながら、よし今夜は鳥肉にしようと決めた。


なんかよく分からない鶏冠のある鳥を捕まえてどこで調理しようかと歩いていると、前方に見知った姿が見えてきた。
だ。
今までまったく姿を見せなかったの背にが乗って、この森の雰囲気に溶け込んでいる。
あれあの子野生児だっけ? と自問してすぐに自答できないことにちょっと落ち込んだ。
片手を上げてみると向こうも気付いたようで、手を上げ返してくれないながらもこちらへと向かってきている。
やっと合流できたと満足したが、そういえば他の受験生がいるんだっけと探してみたが、今度は青年がいない。
別行動をとることにしたのか、それともを襲って返り討ちにあったのか。
とにかく今はだけのようなので都合が良いと思うだけで止めておいた。

「久しぶり、元気だった?」

街中で元カノと会った時のような挨拶になってしまったことに言ってから気付いたが、は特に気にしていないようだ。
小さく頷いてくれた。そして視線を俺の手の中にある鳥に移し、じっと見つめる。と、今度は俺に視線を移す。
それを何度か繰り返して、首を傾げた。この鳥の存在の意味を尋ねるように。
なんだこの子、ちゃんと何か考えてるんだ。無表情だったから何も考えていないのだと思った。
新しい発見をしたなとちょっと満足した気分に浸りながら、今夜の夕食だと告げる。
鳥を見ながら何度かゆっくりと瞬きをして、そして俺を見てぐ、と親指を立てた。無表情で。
あれ、ってこんな子だったの。
新しい発見を通り過ごして衝撃的な一瞬だった。


陽もすっかり落ちて暗闇が蔓延した森の中で、爆ぜている火を見ている。
その向こう側には。鳥も完食し一息ついたところだ。
こんな暗い森の中で焚き火をしていたら目立つだろうけど、負ける気は一切しないので気にしない。
は火が熱いのかそれとも眠いのか、目を細めて同じように爆ぜて飛び散る火の粉を見ている。
あ、きっと眠いんだ。
がさらに寄り添ってがその毛に埋もれるように身を寄せている。
なんとなくこの二人の位置関係が見えてきたなと思いながら、おやすみと声をかけた。

「見張りはしとくから、ゆっくり寝なよ」

薄目でこちらを窺い見ていたは特に何も言わず、素直に体を丸めて寝始めた。
ちょっとぐらいは警戒されるだろうと思っていたのだが。
これは信頼されていると自惚れて良いのだろうか。それとも意に介すまでもないと思われたのだろうか。
どっちだろうかと考えてみたが、の性格も分からない俺には見当もつかなかった。
だがも浅いながらも眠っているみたいだし、ちょっとくらいは自惚れて良いだろうと勝手に答えを出す。
しかしこうやって見ていると、最初はミスマッチだと思えていたこのコンビも、これが正しい形なのだと
納得してしまう。が一人で歩いているのを見ていた方が違和感があった。
この二人は、二人で一人みたいな感じだ。こっちの方がずっとしっくり来る。
身じろぎひとつしなくなった体を見つめて、そんなことを思った。
未だ燃え続けていた焚き火に土を被せて消し、周りの音に耳を済ませながら俺も横になる。
今日は少しでものことが分かっただけでも収穫としよう。
明日はなにか喋らせてみたいなと目論む。
でもあんまり無理はさせたくないなぁ、と思って、はっとした。
俺はなんで気遣うようなことを思っているのだろう。ミジンコのような母性本能が触発されたのだろうか。
いや、これは決してロリ属性に目覚めたとかそんなんじゃない。絶対違う。違うんだ。
ただ無表情で不可思議なオーラを撒き散らしている存在に興味を持っただけなんだ。
俺は普通に大人の女性が好きだ。アブノーマルでもなんでもない。
そう自分に対して必死に弁解していることに少ししてから気付いて、またそこで落ち込んだ。
何やってんだろう、自分は。
脱力しながら月が星と一緒に落ちて白くなっていく様を見つめた。

朝になってもなかなか起きないに声をかけると、眠そうな目をしながら起きだした。
すぐにてきぱきと少量の水で顔を洗ったり水を飲んだりとしているが、目が今にも閉じそうだ。
たまに目を閉じて半分寝ながら黙々と果物を食べて身支度を整えている。
俺も果物を齧りながら、ますます謎の深まっていくを見て、これは解読するのに時間がかかりそうだと
さらに興味深くなった子供に好奇心を募らせていった。


二次試験のゴール地点へと戻る道すがら俺が手に入れた卵を回収し、ゆっくりと目的地へ向かう。
卵を手に入れられなかった弱い受験生が横取りしようと何度か道を塞いだが、呆気なく散っていった。
はそのことにも眉ひとつ動かさない。
昨日は感情が表に出ないだけで、けっこう表情を持っているんじゃないかと思ったのだが、
今日こうしてまた無表情な顔を見ていると、昨日のあれらの行動は夢なんじゃないかと思えてしまう。
特に興味も持たずに空や遠くの景色にばかり目をやっての背で揺られている。
よく落ちないなと感心してしまうばかりだ。
ようやく進行方向にいっそう明るい光が降り注いでいる開けた場所が見え始め、二次試験に合格したことを確信した。

、ゴールだよ」

前方を指差しながら声を掛ければ素直にその方向へと視線を移し、小さく頷いた。
とりあえずが落ちて見失うという事態は避けられたようでほっと息をつく。
はいなくなったら団長と一緒で見つけ出すのに苦労しそうな雰囲気があるから、そうそう手放せない。
既に数十人かの合格者がその地点へ到着しているのを確認して、自分たちもその場所へと出た。
直後に終了の合図が響き渡り、時間ぎりぎりだったことに気付いた。冷や汗を少しかいた。




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