この街に辿り着いてからすでに2ヶ月。
街の女の子たちともすっかり仲良くなり、ファッション、噂話、ちょっとしたお得情報、
いろいろな情報収集に役立っている。
どれもこれも必要ないなぁと思いながらも笑顔で相槌を打っていくうちに、
面白い、とても興味深い話が聞けた。この街にいる、ある子供のことだ。

なんでも数ヶ月前、突然街に隣接する森の中から現れ、そのままとある家に住み着いたらしい。
住人の間では、一時期「流星街」の出身なんじゃないかと噂が立ち恐れられたらしいが、
その後なにもなく平穏が過ぎているため、他の噂の中へと埋もれ特に気にされなくなった、ようだ。
それだけであれば同郷かと思うだけであまり関心を持たなかっただろう。
しかしそんな情報よりも更に興味を沸かせたのは、その小さな子供にはとても似つかない、
大きな黒い犬を連れているという情報だった。
小さな子供が躾けたとは思えないほど従順で賢い姿は、どこにいても目立っていたという。
それを聞いて思い出すのはずっと昔、まだ流星街で仲間と過ごしていた頃のことだ。


ある日どこかから帰ってきたクロロの手には、見たこともないような形状をしたナイフと、
何の役にも立たなそうなガラクタが収まっていた。
どこで手に入れたのかと言うのは、あの流星街では愚問だ。そこらに落ちている。
廃材に腰掛けてじっとしながらそのガラクタに気を向けているクロロが、珍しく難しい顔をしながら唸っていた。
歪で邪気を放っているナイフよりもガラクタに意識を注ぐクロロ。当然興味が湧く。
近付いて後ろからガラクタを覗き込んでみると、そこには見たこともない記号が記されていた。
横一列に並んでいるところから、文字か何かであろう予測はつく。
だが知らない文字だ。ハンター文字ではないことは確か。
俺の視線に気付いたのか、クロロが顔だけ向けながら「読めるか?」と聞いてきた。
素直に首を横に振る。思い出そうとする仕種はしてみるものの、こんな記号、記憶にない。

「どしたの? それ」

クロロも読めないだろうに、あまりに楽しそうに眺めているものだから、思わず尋ねた。

「面白い奴に会った」

いろいろな角度にガラクタを傾けながら、口角を上げて楽しそうに言う。錆びたそれは、空の鈍色をも反射しない。
奴、と言っているのだからガラクタを誰かに貰ったのだろう。クロロが他人に興味を持つのは珍しい。
どんな奴かと聞いてみると、驚いたことに子供だという。
俺たちよりも遥かに小さな、まだ幼少と言うべき年頃の少女。
よくよく聞くに、子供はその形に似つかわしくない大きな黒い犬を従えていたらしい。
それも自分たちがまだ習得していない「発」で、おそらく具現化した念獣。
まだ俺やクロロだって知識としてしか知らなかったその存在を、子供はいとも簡単に操っていた。
それは。自分でもちょっと興味が湧く。
なぜかその子供はまったく喋らず、名前を聞いて返されたのが、今クロロが持っているガラクタ。
ではなく、ガラクタに書かれているどこかの国の言語で記された名前。
クロロはその子を連れてこようとしたらしいけど、さっさとどこかへ消えていったようだ。

「ふられたんだ」

「うるさいな」

笑い混じりでからかう様に言ってみると、これまた珍しく不機嫌になる。
それが可笑しくてついつい弱いところを突きたくなってしまうが、きっと途中で
殺気が飛んでくるだろうから止めておいた。念はクロロの方がよく習得している。
その内に近くにいた仲間もそれぞれガラクタに書かれた名前を読もうとするが、全滅。
ウボォーなんて高笑いして胸を張りながら「わかんねぇ」と叫んでいた。耳が痛い。
諦めと飽きたムードが漂い、時間も時間だしとそれぞれが自分の寝床へと帰っていく。
そんな中で残った俺とクロロは拾い集めた書物からそんな文字がないか探してみたが、ない。
どんなに探してもなかった。
そもそもそんな文字が書かれた書物を目にしているのであれば、見覚えがあるはずだ。
これでも記憶力はいい方だと自負している。ちょっとした悔しさが、俺に火をつけた。

それから数日かけて色々な書物を読み漁り、ようやく判明したその言葉。
ジャポンで使われている独特の文字のようだ。それでも今ではかなりマイナーな言語のようで。
ジャポンでもあまり使用されていないことが分かった。
ならば何故その子供は、わざわざジャポン語で名前なんて書いたのだろう。
自分たちが読めないのを分かっていて、わざと書いたのだろうか?
そんな疑問が湧いてきたが、それよりも今は名前の解読だと意気込み、さらに調べていった。
そしてようやく読み解けたのは、 クロロがその子供に出会ってからおよそ1ヶ月が経とうという時だった。
名前は、





思わずそう口に出す。
未だにその名前を忘れていないのだから、自分の中にもけっこう根深く存在しているようだ。
流星街での生活の中でも徐々に充実したものを発見し、精密機器への興味が底なしに湧いていた頃、
パソコンを 作って「」を探してみた。が、見つからななかった。
けっきょく数日粘っても欠片も出てこない情報検索に嫌気がさして止めたのだ。
あれは今でも自分のプライドを傷つけた一件として覚えている。いわゆる傷心だ。

あれから約10年。
こんな時に、こんな所でその子供と酷似した情報を手に入れるとは思わなかった。
どうやら郊外の1軒家に住み着いているらしい。
ハンター試験はもうすぐ。
ちょっとした士気上げのつもりで、衝動の突き動かすままに偵察へ行くことにする。
なぜ10年も時が経っているにも係わらず、聞き及ぶ姿形が変化していないのかは分からなかったが、
おもしろい手土産が出来るかもしれないな、と驚いた顔をするクロロを思い浮かべた。


噂を聞き歩いて辿り着いた場所は、郊外の小さな公園だった。
必要最低限の遊具しか設置されていないが、近所の子供がよく遊びに来るのだろう。
そこは賑やかに幾人かの子供と、その保護者と思しき大人が集まっていた。
俺は不審者よろしく木の上からその様子を眺める。
本当にここに「」と思われる子供がいるのだろうか?
クロロの言い方や、街の女の子たちの言い方からするに、活動的な印象ではなかった。
喋らないと聞いていたから、内気でおどおどした子供。そんなイメージを持っている。
つい先ほど近所の人から聞いた話では、この時間にはよくこの公園に現れるのだという。
広くない公園の中を、走り回る子供を目の端に追いやりながら「」を探すと、
あっさりとその姿を見つけることができた。噂通り、大きな黒い犬を連れている。
いや、「連れている」と言うよりも、クロロが表現していた「従えている」という方が合っている。
他の子供に混じらずただ立っているだけの子供にぴったりと身を付けて、微動だにしない。
その様は飼い犬と言うより、まるで警察が従えている警察犬である。
のどかな、平和な公園で異色を放つ、黒い色。
凝で見てみると、やはり犬は念獣のようであった。少女も犬もオーラを纏っている。
だが、何か違和感がある。念獣であることは確かだ。あの犬が子供に従っているのも確かだ。
しかし腑に落ちない。なに、と言い表せない気持ち悪さが付き纏う。
あれは本当にあの子供の念獣なのだろうか?
なんだか、纏うオーラが

「、……!」

その時、ずっと前を凝視していた犬が、突然こちらを振り返った。
まさか気付かれるとは思ってはいなかった体が、念獣と目が合ったことに驚いて筋肉を緊張させる。
しかしそれも一瞬のことで、すぐに犬はふいと前を向いてしまった。何もなかったように。
どくどくと少し乱れてうるさくなった心音を落ち着かせるように、深く息をする。
冷たい空気が肺に流れ込んで、頭も冷める。
公園では先ほどと何も変わらない笑い声が響いている。子供も動かず立っている。
犬も、ぴったりとくっ付いたまま前を見据えている。何も変わらずにいる。
その変化の無さに、もしかしたらさっき目が合ったのは偶然だったのかも知れないという考えが芽生える。
偶然犬が振り返り、偶然木の上を見上げただけ。もしくは鳥に反応したか。ただそれだけ。
そう思うも、緊張した筋肉はまだ完全にほぐれていない。それがどうしても引っ掛かりになっている。
やはりあの犬は絶をした自分に気付いていたのだろうか。
これでも幻影旅団として暗躍する身。念にも体術にも自信があった。それを容易く。
子供の方はこちらを振り向きもしなかったが、俺に気付いているんだろうか。
念獣が気付いて術者が気付かない。あり得るとしたら、感知が念獣の能力であった時だ。
それ以外に関する能力は、術者の力と比例する。
犬の能力が感知であるとすれば、俺のことを何かしらの方法で術者に教えるはずだ。
しかし前を見つめたまま何のアクションも起こさない。微動だにしない。命令を待つ警察犬そのものだ。
感知が能力でないとすれば、子供も俺に気付いているはず。しかしこちらも動かない。

気付いているのか、気付いていないのか。

しばらくその場で観察し、動きに変化があるか見極めようとしたが、結局収穫はなかった。
成長していない理由も、その強さも、公園でただ立っている子供を見ていたって分からない。
測りきれないな、と考えに区切りをつけて音もなくその場を去った。
塒にしている建物へと移動しながら、先ほどとは違う、面白いという感情に満たされる。
さてこれからどうしようかと、あの子供の真意を暴こうと計画を練った。



ハンター試験当日、試験会場へ向かう前に、あの子供の住む家へと向かった。
あの子供が本当に「」なのか確かめようと思って。
もし本当に「」であるのなら、ハンター試験に引っ張っていってみようとも思っている。
当然抵抗される可能性もあったが、物は試しだ。
そろそろ家が見えてくると思った頃、森の中からあの黒い犬を連れた少女が出てきた。
しかしその少女はあの子供ではない。あの時公園にいた、たしかカレンと言う少女だ。
あの子供とよく行動を共にしている元気な少女だと聞いている。それがなぜあの犬と一緒に。
犬とあの子供が離れるとは思えない。家を覗いてみるが、見当たらない。
今カレンという少女が出てきたのは、試験会場へと続く森の中からだ。ナビゲーターがいるとも聞いている。
もしかしたら。
そう思い、衝動のままに湿気を帯びた森の中へと身を潜らせた。


森の中でその子供を見つけられたのは気配と言うよりも、弱い、一般人の殺気を感じたからだ。
会場入り口の近くにある小川で見つけた子供は、2人の男相手に臆することなく岩の上に立っていた。
ピリピリしている雰囲気から、どうやら友好的な再会場面ではないらしい。
一般人にしては強い殺気を惜しげもなく撒き散らしている。鳥の鳴き声がしない。
念能力者であるのだから一般人の殺気など取るに足らないだろうが、それでも子供として
恐怖感を覚えないのだろうか。
いや、もしかしたら子供なのではなく、念によって若い姿を保っているだけなのかも知れない。
しかし、どうにも当て嵌まらない気がする。
自分の頼れる勘が言っているのだ。きっと違うのだろう。
緊迫状態が続いていたが、子供が水筒を置くと同時に、周囲に殺気が放たれた。
纏をしている自分にとっては微弱なものであったが、男2人には効いているようだ。
しかし相手もハンター試験を受けようとする、自称猛者。
引くことなく、お互いの殺気が混じり辺り一体に拡がった。
男のうちの一人が、1歩1歩子供に近づいていく。
助けようか迷い、その男を据えているその目を見て、驚いた。
底なしの闇色。チラリとも揺れない目。熱を持たず。
感情が読み取れない。抑えているのではなく、もともと感情がないのではないか。
そう思わせるほど冷たく。とても子供のする目とは信じられなかった。
自分たちが子供だった時だって、まだ生きている目をしていたはずだ。
まったく。 本当に、底の知れない子供である。

傍観者を決めこんでいるもう一人の男にピンを打ち込んだ。
携帯を開く。男の視界が画面へと映しだされ、ゲームのように操作する。
子供へと拳を振り上げた瞬間を狙い、一気にその後頭部へ手刀を落とした。
その身がゆっくりと倒れ、小さな地響きを起こしながら地面へと伏す。
子供は相変わらず、無表情で倒れた男を見ている。少しは驚くと思っていのだが。
状況判断へとうつる行動が早いのか、倒れた男からすぐに視線を外して、操った男を観察しだした。
きっと凝をしているはずだ。それであれば、すぐにピンにも気付くだろう。
俺も隠れていた草むらから腰を上げ、気配を隠そうともせずに子供へと近づく。
警戒するだろうかと予想していたが、視線を少し投げ寄せただけで特に表情も変えず、
まだ突っ立っている男へと近寄りその足を殴った。
膝を折り、綺麗に倒れていく男の首元からピンを引き抜く。やっぱりばれてた。
足を止めて一連の行動を見ていると、子供が振り返る。真っ黒な目だ。
俺は不審者じゃないよ、と気持ちを込めて笑顔で挨拶してみたが、その頬はピクリとも動かない。
あれ、やっぱり警戒しているのだろうか。というか何か考えているのだろうか。
どうにも読めない目の奥を見つめてみるが、やっぱり読めなかった。
とりあえずピンを返してもらう。
ついでに後ろにいる犬も指摘してやると、殺気を収めて戦意がないことを示した。
犬もそれを悟ってか大人しく茂みから出てきて子供の隣へと並ぶ。腰は下ろさない。
そのまま子供も犬もアクションを起こさず、無言の間があいた。

「俺、シャルナーク」

とりあえず自己紹介をしてみると、視線を外された。ちょっとショックだ。
気を取り直して名前を聞いてみるも、やはり何も喋らない。クロロが言っていた通りだ。
また無言の間があき、答えないのを確認してから持参した紙とペンを差し出した。
文字は書けるようだから予め用意しておいたのだ。「」なのか確かめるために。
戸惑うことなくペンを走らせ、程なくしてそれが俺の手に戻ってくる。



白い紙の上には、10年前見た、あの文字が寸分違わぬ形で並べられている。
自然と口角が上がっていくのが、分かった。




子供が見える木の上で、携帯を取り出す。とりあえずクロロに報告してやろう。
メンバーの名前のなかから目的の番号を探しだし、通話ボタンを押す。
数回のコール音が鳴ったあと、聞きなれた声が電話越しに響いた。


「やぁクロロ。ちょっと面白いことがあるんだけど、今大丈夫?」

「そうだよ。今はナビゲーター待ってるとこ」

「まぁまぁ、とりあえず俺の話聞いてよ」

「””って、憶えてる?」

「でしょ? でさ、その””を見つけたって言ったら、どうする?」

「生きてたよ。たぶん、あの頃の姿のままで」

「年は5歳とかそこらじゃないかな。それから黒い犬を連れてる」

「さっき確かめようと思って名前聞いたんだけどさ、やっぱり喋らない。
 で、紙とペンを渡してみたら、書いたよ。あの時に見た、あの文字のまま」

、でしょ」

「さすが。そう、ナビゲーターをやってる」

「あっはは、正解! クロロも興味持つと思ってさー」

「言うと思った。了解、そのつもりだよ」

「あの頃と、って言われても俺その時のこと知らないからなー。
 でも、なんて言うか、あの犬とって本当に術者と念獣なのかなと思う。
 一緒にいるとこ見るとすごい違和感するんだよね」

「やっぱり知ってたんだ」

「今もよく分かってないけどね。言葉で表すと、なんだろう…アンバランス、とも違う」

「そう、しっくり来ないんだよ。なんていうか…うーん、パズルのピースが、うまく合わないような」

「あぁ。そうだ、」






「ミスマッチ、だ」




text  クロロとの通話