「すごい顔だな、シャル」
「…………」

笑うなら笑え。
そう小さく呟いた俺の言葉を、本当の意味で良しと受け止めた訳ではない癖に。
正直にクロロは小さく笑った。
ああ、もう!



ミスマッチ39



手の中でぐしゃりと写真が潰れる。
10年前のリベンジ。
ハンター証だって取得して専用サイトで情報を集めて。
柄にもなく熱くなって優越感に浸ってたっていうのに。
結果は見事に撃沈。10年前より酷い惨敗ぶりだった。

いや、でもが嘘をついてるとも考えられるじゃないか!
首を横に振って写真を突き返されて外に出て行った。
それは事実から逃げたいからとかじゃないのかな!?

なんて熱弁してみたけれど、クロロには「お前らしくもない」で一蹴された。
確かに、俺らしくないかもしれないけど。
だって、じゃあ。だったらあいつは何なのさ。"何"なんだよ。
三次試験官とも血縁だってことが分かったし、写真の姿を見ても瓜二つ。
双子ってことは有り得ない。その辺りは徹底的に探った。
そもそも10年前の写真と瓜二つってこともおかしいんだ。
いや、そこは分かってる。そんなこと最初にを見つけた時から知ってる。
でもだからって別人ってこともまず有り得ないんだ。
その証拠に、が連れていたあの念獣。
同じ姿をした別々の子供が、全く同じ念獣を連れている、だなんて。
そんな仮説を弾き出すくらいなら、10年前から姿が変わってない、そう考えた方がよっぽど真実味がある。
もともと念能力者は年をとりにくい。
姿がずっと子供のまま、なんてことも間々ある話だ。
だからその類なのだと。そう信じて疑わなかったのに。

写真を渡した瞬間乱れたオーラ。
してやったり。思わず笑みが浮かんでしまう程、手応えを感じていたのに。
違和感に気付いたのはその直後。
乱れたオーラは、まるでのものとは思えなかった。
そう、それは、そのオーラに最も近いのは、あの念獣。
が纏っていたオーラの下からぐにゃりと這い出た別質のそれ。
嫌な感じこそしなかったものの、見たことのない情景。
ぞわりと鳥肌が立ったのを感じた。やっぱりこの子、面白い。

クロロが静かに本を閉じたのを視界の端に捉え、気を取り直して続けたアゼルド一家の顛末も。
調べたこと仮説を立てたこと、解りやすいように理路整然と語ったことも。
全部が無駄に終わった。
は偽名でも何でもなく、イリアとは全くの別人。そんなまさか。

だけど、そのまさかだった。
一瞬だけ姿を見せたとは別のオーラ。
水と油を連想させるような、瞭然とした区別ができる別のもの。
念獣と酷似していたそれは、また新たな謎として俺の前に立ちはだかった。
本当に、いつまで調べてもよく解らない子供。
けどおかげで切欠のようなものを掴み、多少の予測もつけられた。
オーラとは生命エネルギー。ひとりの人間が複数持つものではない。
それが例え二重人格だとしてもだ。
理由は分からない。方法も不明。けれどには別のオーラが潜んでいる。
あの光景をみる限り、のオーラはまるで『上乗せ』されたような感じ。
包み込むような、覆い被さるような。
考えにくいことだがあの体には間違いなく2つのオーラが存在している。
しかし決して混じってはいない。
先に上げたように、水のように油のように反発しあって混在はせずに。
ただの一瞬見えたあのオーラ。
内側に潜むオーラが、念獣を創りだしたことはほぼ間違いないと思う。
の間にあった違和感を嘲笑うかのような統一感、一体感、淀みない適合。
ぐにゃり。卵を割るように力強くはなく、割れた隙間からはみ出したような。
昂った感情か、もしくは乱れた精神か。
写真を見た瞬間の、揺れ。
あれに反応するのは当事者……か、それに近しい人物。
の姿を見る限り、もちろん当事者のイリアとしか思えない。
で、あれば。イリアとが体を共有している、とは考えられないだろうか。
身体も特徴も顔も一致。違うのは、おそらく中身。精神的な部分や、感情的な部分。
イリアは笑顔を振りまき。
は無表情。
まるで正反対のそれらがひとつの身体を"共有"する。

そんなことは有り得るか?

有り得ないとはもちろん言えない。
念の可能性なんてほぼ無限大だ。
星の数ではまったく足りないほど、天文学的な数字の可能性。

(――だけど、なぁ……)

はぁ、と盛大に溜め息が漏れる。
肩をがっくり落とすというか、もう、地面に沈み込みそうだ。
今ならウボォーよりも早く穴が掘れそう。『超破壊拳』なんかに負ける気がしない。

「なんだ溜め息なんかついて」
「……クロロは悔しくないわけ? また当てが外れたんだけど」

それには「まあな」、とだけ本を捲りながら軽く返された。ほんと軽い。

「だが得る情報もあっただろう」
「それがまた頭を痛ませる要因になってるから素直に喜べないんだよ」

またひとつ溜め息。頭が痛い。まったくその通りだ。
の身体には表面と内面と2つのオーラが存在している。
なぜ、どうやって、何のために。
疑問は尽きない、というよりも根本的な部分が解明されないから何も解決しない。
二重人格であったとしてもオーラは2つ存在しない。オーラとは生命エネルギー。
2つ存在するなんてこと、普通は有り得ない。本当有り得ない。
あ、だめだ、さっきと同じこと考えてる。
ほらもう頭が痛い。

「とりあえず、クロロも見たでしょ? とは別の、あのオーラ」
「見たさ」
「……なんでそんな冷静なのさ…」
「――冷静?」

心底意外そうな目で、珍しく本を読んでいる途中に顔を上げて。
酷く楽しそうに眼が細められた。

「これが、冷静に、見えるか――?」
「…………」

空気を薄く切るような、そんな声。
見えない。
なんとも楽しそうな笑みを浮かべている。
感情が昂ってる状態を、まあ確かに冷静とは言わないな。
ついと視線を逸らした俺に、本を閉じたクロロが追撃する。

「もうひとつ、面白い情報をやろう」
「げ」

嫌な予感しかしない。
だってこの笑み。ニヒルというかなんというか。
片方の口角だけを上げた人の悪い笑顔だ。
もったいぶるようにたっぷり一拍を置いて、クロロは静かに言った。

「おそらくは――俺の念能力を知っている」
「…………は?」

何それ。
念? 念能力? 『盗賊の極意』のこと?
いやいやそんなまさか。
だって念能力の情報なんて、そんなごろごろ転がってるものじゃないじゃないか。
ハンター専用サイトでさえ高値でやり取りがされ、時にはデマが流れ。
情報収集の能力でも習得していない限り、ただの念能力者が入手できる情報じゃない。
念能力者にとって、能力を知られたらそれは即ち死にも直結しかねない危険な事態。
そんなこと、あるわけないじゃないか。
あんな子供が、幻影旅団団長の念能力を知っている、なんて。

「……確証は?」
「試した」
「試した?」
「実際にの前で発をして、その反応を見た。手っ取り早く、より確実だからな」

結果、は反応したそうだ。
瞬時に、何の疑いもなく、その本が何であるかを予め知っていたかのように。
ナイフに手を伸ばして、睨みつけて。
……いや、でも。

「それってクロロのオーラとか殺気にあてられたからじゃないの?」
「俺は殺気も出していなければオーラも多くしていないさ」

クロロが本を手に持っているなんていつものこと。
違和感なんて感じるわけがない。ましてや警戒なんてするわけがない。
例えその表紙が禍々しかろうが何だろうが、本は本だ。
それなのに。

「……例えばさ、たまたまが凝をしてて、それが念だって気付いた、ってことはないの?」
「ないな。は凝をしていなかったし――何より視線を本ではなく俺に向けていた」

例えば本が発だと気が付いたとして。
注目すべきは念能力である本だ。
念能力者に対してももちろん警戒する必要はあるが、もっとも留意すべきはその念能力。
念が無限大に近い可能性を秘めているのであれば、どのような能力を有しているかなんて想像の範疇を超える。

本から手が伸びて喉に絡みつき絞め殺すかもしれない。
本から生物が飛び出して噛み殺すかもしれない。
本自体が変形して襲いかかるかもしれない。

考え出したらキリがない。
だからこそ、何が起こるか分からないからこそ、用心すべきは念能力である本なのだ。
戦闘に長けている者であるなら両方を警戒することは出来るだろうが、
なんせはあの身長であの体格。そしてクロロとの体格差。歩幅の違い。
両方同時に気を張るなんてことは難しいだろう。
しかしの視線は本ではなくクロロへ。
まるで本自体に殺傷能力がないのだと知っているかのように目もくれず。

「…………頭痛い」
「だろうな」

確信犯。
ああ、もう、なんかどうでもよくなってきた。
なんでも有りなんだよあの子は。
とりあえず不思議、とにかく不可思議。
考えることを放棄したくなるような子供。

最後にまた盛大な溜め息を吐いて、脱力感と疲労感が襲うがままにその場へと座り込んで
天を――汚い天井を――仰いだ。

何これ調べるだけ無駄? 考えるだけ無駄?
喉の奥で笑ってるクロロが、新たな謎を吹っ掛けてきたクロロが恨めしい。



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