「…ロリコン?」
呟いたその直後、眉間に分厚い本の角が突き刺さった。
ミスマッチ30
つい先日振りの召集。
前回はほぼ全員。目が赤くなる奴らの殺戮だった。
今回は暴れたい奴だけ。それを聞いて、なんて好条件だと飛びついた俺は召集に応えてここにいる。
指定されたアジトに着いたのは、意外にも俺が一番だった。
いつもだったらまず最初に団長かシャルがいて、盗品の話でもしてるはずなのに。
…あぁ、そういやシャルはたしかハンター試験受けに行ってたんだったか。
いつまでやってんのか知らないが、まだ居ないんなら試験も終わってないんだろう。
けど団長も居ないってのがなんともおかしい。
別に時間に正確なわけではないが、指定したアジトってのは大抵団長が居座ったところが指定されるから、
いつもは既にそこに居るもんだ。そこら辺の瓦礫に座ってただ本を読んでる感じで。
まぁ居ないんなら別にいいが。どっか行ってんだろ。
周りよりも高く積み上がった瓦礫に登って上から全体を見渡し、寝やすそうな位置を見つけると
そこへ飛び降りて、どかっと腰を下ろした。
特にすることもなく、とりあえず横になると思ったよりも体にフィットしてくる瓦礫にこりゃいいと早くも寝に入る。
つってもこんな場所で寝れるわけねぇんだが。
くそ、もっと遅くに来れば良かったぜ、と思っているところで気配が増える。
知った気配だ。ナイフというよりも針のイメージに近いオーラを放つ奴。
比較的一緒に行動することが多いフェイタンだ。
音もなく廃墟へ足を踏み入れたフェイタンと寝転がっている俺と。
どちらも一瞥しただけで、何か声をかけることはなかった。
フェイタンも自分の好きな場所に座り、さっそく黒く汚れたナイフを磨いている。
熱心なこった、と拳の攻撃を主体とし武器を持たない俺はなんともなしに思う。
それから1時間。アジトの前に車が停まる。次いで車のドアが開き、閉じられる音。
やっと来た、と寝ていた体を起こした時、気配が多いことに気付いた。
ひとつは団長のものだ。いつもと変わらず黒いものが渦を巻いているような気配。
だがあと二つ、知らない気配がある。
車のドアが開閉する音が再び響く。誰だ。
今旅団に空きはない。団員を補充する必要はないのだ。
団長が連れてきたのだから、危険はないんだろう。
敵であったとしても拷問目的か、もしくは能力の盗取目的か。
そのどちらかだろうと思っていた俺の目に飛び込んできたのは、団長に抱えられた子供。
表情も無く、ただじっと大人しくしているそいつは、到底ただの餓鬼だとは思えなかった。
驚いたことに、そいつは念能力者だったのだ。
子供の念能力者なんてそう珍しくもないが、それにしても幼すぎる。
それに纏だって綺麗だ。
団長の足もとには子供をじっと見上げているデカイ黒い犬。
その犬もオーラを纏っているが、発している訳ではない。おそらく子供の念獣か何かだ。
すげぇな、と単純に思う。あの歳でこれだけの念獣が作れるんだ。将来有望だろう。
だからこそ団長は連れてきたんだろうか。団員に不足はないが、予備として。
でも団長がそんな面倒なことをするだろうか。
欠番が出たらその時に探して補えば良い。今までだってそうしてきた筈だ。
それとも誰かが死んで欠番が出たのだろうか。
以前のクルタ族とかいう奴らを叩きのめしてから今までの間に。
それともあれか。
団長にそういった趣味があったってことか。
でもなあ。団長は幼い感じの女より、娼婦のように整った女のが好きだった筈なんだが。
新しい道が開けたのだろうか。いやそんな団長に限ってそんな。なあ。
でも子供を床に降ろす時の扱いもぞんざいではないし、掴まれたスーツが皺になっているのだって黙っている。
…そうすると、やっぱり、あれか。
「…ロリコン?」
そこで俺の意識は一旦閉じた。
次に目覚めたのはパクとマチが来てからだった。
2人ともそこにいる子供が気になるようで、アジトに入ってくるなり子供を観察している。
マチは射殺す勢いだし、フェイタンに至ってはまた微弱ながらも殺気を送り。
だが子供は俺らの視線をただ受け止め、無表情を貫き通し、見返している。
顔色すら変わらない。その黒い目には怯えすら浮かばない。
たいしたもんだと素直に認めればいいのだろうか。
それとも表情を無くしていることを不審に思えば良いだろうか。
普通の奴であれば小刻みにがたがた震えるだろう状況でさえ、目の前の子供は何も感じていないように見える。
黒い目は平坦を表し、どこまでも続いているようだ。そこんところは団長に似ている。
いつの間にか俺も子供の観察に勤しんでいることに気付き、何やってんだかと思った。
考えるのは他の連中の仕事。
団長が連れてきたのだから俺の独断で手を出すつもりはないし、あの子供から何か仕掛けてくるとも思えない。
俺はただ傍観して、かつ警戒をしていればそれでいい。
いつまでも視線を浴びせられていた子供の手が、団長のスーツを掴む。
ああやっぱり無表情に見えてもどこかで恐怖は感じているんだろう。
その仕草が年相応でどこかほっとした。
あまりの落ち着きに知らず知らずの内に体が勝手に緊張していたんだろう。
ぽす、と音が聞こえてきそうな勢いで団長が本から目を離さず子供の頭を叩いた。
たったそれだけ。
そんな行動を今まで団長がしていたところなんて見たことなかったが、それだけで俺らには充分だった。
またそれぞれがそれぞれの世界に戻る。
俺も最後に子供と犬を一瞥して寝に入った。
しん、と暗くなった廃墟内で俺はただ呆然と立ち尽くす。
コインを明けた瞬間の光景が忘れられない。
なんでだ。なんでコインは表を向いたんだ。なんで俺は裏なんて言っちまったんだ。
そもそもフェイタンが先に表なんて言いやがるから俺は裏としか言えなくなったんじゃねえか。
あそこで俺が先に表とか言っときゃ今頃俺は息巻いた命知らずな奴らと戦りあえてたはずなのに。
いや、それよりも元はと言えばこんな餓鬼がいるから悪いんじゃないか。
今日俺は暴れられると思ったからここに来たんだ。
こんな餓鬼の面倒を見るために集まったんじゃない。そうだ、違う。
つうかコイツは一体何なんだ。いきなり現れた上にしばらく面倒を見るだぁ?
団長の説明不足は今に始まったことじゃねぇが、それに口を出さなかったのは直接俺に関係なかったからだ。
だが今回は違う。このクソ餓鬼のせいで俺はこんなクソつまんねぇ廃墟でオルスバンってことになっちまった。
ああ畜生ふざけんじゃねぇぞ。なんっで俺がこんな餓鬼の面倒を…!
あまりにもムシャクシャし過ぎて勢いで殺しちまいそうだ。
だがそんなことをしたら次に殺されるのは俺。んなこた判ってる。
どうにかこうにか落ち着こうと、とりあえず腰を下ろした。が、そんなことで落ち着けるわけがねぇ。
イラつきを訴える頭にこそイラつきながら、件の餓鬼を見てみると、なんとも緊張感なく犬と戯れていやがる。
頭のどこかでビキ、と音が鳴ったのを聞いた。
「フィンクス」
その無表情にしては意外にも透き通った声をしていて少なからず驚いたが、コイツは子供だ。
声が高いのは当たり前。
とにかくイラ付きの収まらなかった俺はどういう風の吹き回しか餓鬼に話しかけていた。
ナギヤと名乗り、ただの子供だとふざけた事を言いやがる。
だが更に問い詰めた時のコイツの言葉は、俺の不機嫌を最高潮に追いやるには充分すぎる効果があった。
「なめてんのか糞餓鬼」
言うに事欠いて異世界人ときた。
そんなことを言われて信じる馬鹿はいない。
もし信じたのならそいつの頭の中は平和な花畑が広がっているんだろう。
ぜひかち割って中身を見てやりたい。
「これから何が起こるのか、一部のことを知っている」
予知能力か、と聞いたが違うと返される。
じゃあ何なんだ。意味わかんねぇ。
だがその後に続けられた未来の事は、ある程度細かかった。
はっきりとした日付は言わなかったがメンバーが替わること、数年後に誰かが死ぬこと。
そして更には団長をも失うということ。
俺たちは蜘蛛だ。幻影旅団が結成された時、団長は頭よりも蜘蛛を生かせと言い切った。
俺もそれに同意した。蜘蛛の存続が最優先。
だが今この状態で、唐突に頭が潰されると聞いて温厚になれる訳がねえ。
そもそもコイツの言っていることは正しいのか。
いや未来のことを言われてそれが正しいかどうかなんて今は判らない。
団員の入れ替えと死亡をこれからの年数を含めコイツは言い切った。
だがそれでも具体的ではない。ある程度、細かいだけだ。
それなら後付や言い訳なんていくらでもできる。安い占い師のよくある手法だ。
信じるか、信じないか。そう問われたらもちろん信じるわけがないだろうと切り捨てる。
誰がそんな話を信じるというのか。
予知がコイツのもうひとつの念能力だったとすれば少しは話は違うが、コイツはまず異世界人だと言った。
もうその時点でアウトだ。移動系の念能力は聞いた事があるが、異世界って。
到底信じられる内容ではない。
「フィンクスの念能力」
何かを考えるように俯いていた餓鬼の目が、真っ直ぐに俺を射抜いた。
「それを言えば信じてもらえるか」
表情は変わっていない。無表情一筋だ。
声色にも感情が篭っていない。まるで平坦。
だが何故だろうか。
その姿が必死そうに見えた。まるで縋るような。
この機を逃したら最後なのだと言うかのように。
餓鬼だ餓鬼だと思ってはいたが、纏の淀みなさや念獣、そして変わらない表情と落ち着き払った態度で
俺は無意識のうちにコイツをデカく見ていた。
見た目や身長が、ではない。存在が、だ。もしくは精神年齢とでも言うのだろうか。
しかし今この瞬間のコイツは、見た目通りの小さな子供のようで。
その変化ぶりを訝しんだ。
訝しいといってもそれは疑念ではなく、おそらく戸惑い。
俺はこんな小さな子供相手に何をムキになっているのだろうかと気付かされる。
無条件に信じる、というわけではないが、話を聞いてやろうじゃないかという気になる。
俺が無言でいるのを先を促されていると思ったのか、そのまま子供は口を開いた。
「念は強化系」
あってる。
…ん? ちょっと待てよ。
さっきはコイツの変化に気を取られていたが、念能力を知られてるってのはマズイんじゃないだろうか。
俺は念能力を滅多に使わない。使わなくても充分だからだ。骨なんて脆い。
最後に使ったのは、自分でも憶えていないほど前。
「能力は廻天(リッパー・サイクロトロン)」
腕の回転数に比例して攻撃力が増加する、物理攻撃。
そう餓鬼は続けた。
もう本当に脱力しそうだ。なんでコイツはそんなこと知ってやがる。それも能力ってか?
ふざけんな。そんな能力があってたまるか。念の系統、能力を知られることは心臓を掴まれてるも同然。
力の差によるものはあれど、決して気分の良いものではないし、安心できるものでもない。
仮にそういった能力があったとしよう。
そんな重大な情報を引き出すのであれば、それなりの制約と誓約が必要なはず。
コイツは俺に何をした?
何もしていない。コイツのオーラにすら俺は触れていないし、俺のオーラもコイツに触れていない。
犬だって何も仕掛けてこなければ、餓鬼自身が俺に何かを仕掛けてきてもいない。
それとも今までの応酬の中で発動条件でもあったのか?
可能性は低いがゼロではない。だがそれを俺に気付かれずにやれるのか、コイツが?
あぁもう考え出したらキリがねぇ。
一番辻褄が合うのは、コイツの言う「ここのことが書かれていて、それを読んだ」って話だ。
もういろいろと世界の基本をぶっ壊してしまえば、それが一番しっくりくるし判りやすい。
それでも、だ。だからといって素直に信じられるような内容でないのはもう何度も考えた。
考えて脳ミソが沸騰しちまいそうなくらいには考えた。
だがそれを全否定できないのは、やっぱりコイツ独特の雰囲気と言動にあるのだろうか。
俺の念の系統も能力も言い当てた。未来の出来事も並べた。突発的なことも言いやがった。
異世界だとか未来の事だとか、それだけを言われたのであればただ聞き流していた。
しかし俺の念能力を知っているとなると、どうにも引っ掛かりを覚えてしまう。
団長がコイツに俺の念能力を教えた?
そんなことはあり得ない。団長が俺の能力を知っているのかも怪しいし、何よりそんなことをする意味もない。
だとすればやっぱコイツの能力か、それともコイツの言うとおり元々知っていたか、だ。
どうして団長がこんな餓鬼を連れてきたのか、なんとなく判った。
団長はどこまでこの話を聞いてんだか知らないが、どうせ興味を持ったとかそんなところだろう。
(もう二度とロリコンとは言わない)
未だに続く必死そうな雰囲気。
ああ、そうか。目だ。目が必死そうなんだ。
どこが、と問われれば正確には言い表せない。どこがどう違うのか説明しろと言われても無理だ。
それでもどこかが違う、と漠然としたことははっきりと言えた。
なんだ、表情あるんじゃないか。
団長が連れてきたのだから放って置けばいい。
そう思ってはいても油断はならなかった。突然本性を現して襲い掛かるのではないのかと。
負ける気はもちろんないが、無表情で無口で何を考えているか判らない。
そんな奴相手に無防備でいけるかといったらそれは否だ。
味方ではもちろんない。それなら無関係か、それとも敵か。敵であれば殺す。
刃を、牙を向けた瞬間コイツの首は刎ねられるか折られるか。その二択。
しかし向けられていたあの目は、どうにも敵だとは思えなかった。
それは演技なのかもしれない。油断させる小芝居。
だが俺の神経の何かがそれを受け入れない。否定はしないが受け入れない。
そんなもやもやとしたものが鬩ぎ合っていた。
例えばコイツが俺たちに敵対するとするなら、何故わざわざ俺にこんな警戒のされるようなことを言った?
俺の念能力なんて知らない振りをしていればそれでいいはずだ。
なぜ面倒な事態になるのが見えているのにこんな話をした?
そのどれもが何かの意味を持った演技か? それとも錯乱させるためか?
それとも俺から有益な情報を引き出そうとした?
だがコイツが俺に尋ねてきたことなどない。全てコイツの告白だ。
それに縋るような、必死そうなあの目。途端幼く見えた。
コイツは敵か、味方か。
わだかまりは深く根を張る。
コイツは得体の知れない子供。だが、それでも。
結局はそこに辿り着き、考えは見事なまでに堂々巡り。
…あぁ、そうか。
神経がどうのじゃない。コイツが敵だと受け入れるとかそんなんじゃない。
逆だ。
受け入れていないのは、俺だ。
俺が、コイツが"敵じゃない"と訴えているのを受け入れていないんだ。
ならば拒否している?
そうでもない。
ストン、とその事実が俺の胃に落ちた。
喉に引っ掛かっていた塊がなくなり、 俺は重く長い溜息を吐いた。
張り詰めさせていた殺気を散らせる。
餓鬼の肩の力が強張りから解けたように見えたのは、錯覚か。
「逃げようなんて変な気起こすんじゃねぇぞ」
最後にそれだけを言い捨て、俺は踵を返す。
伏せられた目に、何故だか小さな罪悪感を覚えた。
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