「これなんかどう? 耐久性はあるし大抵の場所でも電波が届く。何よりGPS機能付き!」
迷子になりやすいにはぴったりだね、と楽しそうに言って差し出された携帯電話を見て、
の犬パンチにも負けぬ速度でそれを叩き落とした。
驚いて、残念そうになって、最後には不満そうな声がシャルナークの口から漏れる。
棚に戻された携帯電話はピンクと水色が事あるごとにミックスされた奇抜なデザインであり、
狙った客層は、自分の好きな色が使われていればそれで満足するような小学生あたり。
誰がそんなものを手に取るか。
そして誰が迷子になりやすいだ。
自由を許されていないのだから迷子になんてなりたくてもなれないじゃないか。
「じゃ、これは? テレビが見られるし録画もできる」
機嫌を損ねたのだろう。
むくれたような声とともに別の携帯電話が降ってくる。
却下。
手に取らないまま顔を見上げればシャルナークはさらに片頬を膨らませた。子供か。
「なんでさー」
何でじゃない。
逆にこちらが何故だと問いたい。何故そんな個性溢れる携帯電話しか選べないんだ。
元あった場所に戻された携帯は蛍光黄色。
棚には『暗い場所でも光ります!』との謳い文句。
光ってどうする。
「じゃあこっち」
却下。
もういい加減シャルナークが選ぶ携帯は見なくても却下だ。
猫型が売りの携帯電話。
シャルナークが持っている携帯のように、耳と尻尾がちょこんと付いているだけならまだしも、
それの見た目は四本足で立った猫を横から見た姿そのもの。
手もあり足もあり顔もある。操作しようと開けば、さながらアジの開きだ。
これをデザインした奴は猫に恨みでもあるのだろうか。
「じゃあもういいじゃんこれで。ゴキブリ型」
投げやりに出されたのは人類の敵、G。
ふざけるな触りたくもない。
やめろ近付けるなやめろ。
「もー、はどれがいいのさ」
私はもとより携帯電話など強請っていない。
強制的にここへ連れてこられ強制的に選ばされているのだ。
そんなむくれ面をされる筋合いはない。
なおも無駄にリアルなG型の携帯電話を、ご丁寧にもひっくり返した状態で差し出す
シャルナークから逃げるようにクロロの影へと回った。これであまり嫌がらせは出来ないだろう。
「
」
裾を掴みながら内心舌を出していると、目前に四角いものが現れた。
携帯電話だ。シャルナークが選ぶそれよりも遥かに常識的な。
見上げると額にターバンを巻いたクロロが穏やかな笑顔で「これはどうだ」と言ってくる。
傍から見れば年の離れた兄が妹の携帯電話を選んでやっている微笑ましい光景だろうが、
ひっくりかえしてみればその実情は誘拐犯だ。
髪を下ろしているせいで若く見え、物腰穏やかな好青年。
蹴った小石が偶然鼻の穴に詰まらないだろうか。
「えー、そんな地味なのじゃ面白くないよ」
別に面白さは求めちゃいない。
頼むからお前はもう黙っててくれ。
とりあえず見た目の害はないだろう四角い携帯電話を手の中で弄び、形と重さと握りやすさをみる。
子供の手には少々余るが、使いにくくはないだろう。
続いて画面――を開いてみたところそこには貞子のような目が映っていた。
「……」
「なんだ、反応が悪いな」
勢いよく画面を閉じそれをクロロ目がけて投げつける。
額に当たって第三の目でも開いてしまえ。
だめだ。こいつらは信用ならない。
すぐさまクロロからも離れ、深くはない携帯ショップの奥まで行き棚に陳列された商品を流しみた。
この世界の人間は奇抜なデザインが好みなのだろうか。
リアルなドクロ型のものまである始末。もうあれは携帯なんて出来ないサイズなのに。
宇宙人のように頭蓋骨から伸びたアンテナを引っ張っていると、背後から声がかけられた。
「おや可愛らしいお客様! なにかお探しですか?」
おや、だなんてわざとらしい。
お前はさっきからずっと私の円を踏み続けていただろうが。
この子供はなんだろうか。まさかひとりで買い物だろうか。
いやいやきっと店内には親や保護者がいることだろう。
見たところ身なりもみすぼらしいものじゃないし、
駄々を捏ねてもらえば携帯の1台でも売れるかもしれないなふふっふふっふふ。
というのがこの「ω」のような髭を生やした店長らしき人物の心境だろうか。
売上げアップに貢献しようと店員はにこやかに接客へ専念する。
「これなんていかがでしょうか。最新かつお嬢様方に大変人気のあるデザインですよ」
流れるような動作で差し出された携帯電話は、
ピンクと水色が事あるごとにミックスされた奇抜なデザインのそれ。
「……」
に噛み砕いてもらいたいのは山々だが、さすがに店員の目の前でそのような暴挙には出られない。
せいぜい顔を背けて無視を決め込むくらいだろうか。
「おやお気に召しませんか…。ではこちらなどいかがでしょう」
わざわざ私の視界にまで回りこんで差し出された携帯は、蛍光ピンク。
ちらりと棚を見れば予想どおり『暗い場所でも光ります!』との謳い文句。
こいつの思考はシャルナークと同系統なのか。シンクロ率が半端ない。
それからも視線を外して顔を背けて。
……もう疲れてきた。
選択する余地は与えられているが基本的に私に決定権はなく、
クロロとシャルナークが携帯を買わせようとするならば拒否権は当然ない。
ならばさっさと決めてこの店を出るに限る。
結局のところこの店の懐は多少暖かくなってしまうが、仕方ない。
今のところ一番マシなのはクロロが選んだあの携帯だ。
なおも猫型の携帯電話を差し出してくる店員を避け、Uターン。
常識的なデザインが並ぶ陳列棚まで戻っ……たところで、
がつん。
警備員にぶつかった。
固いものが額に当たって結構な音がする。
反動で反った上体を元に戻すこともできず、焦点を目の前の物に合わせれば。
そこにあったのは銃のホルスター、と、そこからのぞくグリップとトリガ―。
ぎらり銀色に光るそれを目にし、また頭上から降ってきた視線を辿って行きついたごつい顔。
不審人物に対する警戒心が強まったせいか、はたまたA級首と一緒に行動していたせいか――
それらを認識した瞬間、私は瞬時に絶をして店の外へと飛び出していた。
人の垣根をわけ、店から死角となる狭い路地へ飛びこむ。
どこぞの店の裏口へ続く小さな階段を壁とし、しゃがみこんだ。
息を殺し呼吸を整わせじっと人の行きかう表路地を見やる。
数秒。
誰も追いかけてこないことを確認して大きく息を吐いた時、はたと気がついた。
なぜ、私が逃げている。
逃げる必要なんてまったくないじゃないか。
むしろ助けを求める側であるはずだ。
なんだ、どうした、私。
どのような心境の変化だ。いやいや混乱しているだけか。
咄嗟に身体が動いてここまで来てしまった。
条件反射というかなんというか……。
混乱しているだけならさっさと戻って保護してもらえばいいのだ。
住所不定無職だとしてもこの年齢なら放り出されることもないだろうし。
そうは思うものの。
心臓はいまだ早鐘を打っているし足は動こうとしない。
警察機構イコール敵、なんて構図は出来あがっちゃいないが、
警察機構イコール味方、なんて構図も浮かばない。
ああ……ついに私も旅団に感化されてこんな思考になってしまったんだろうか。
絶対あいつのせいだ。フィンクス。
ダウンを買いに行った時もそうだったが、あいつと外に出ると必ず厄介に巻き込まれる。
職質されたり職質されたり追いかけられたり……。
殴ろう。あの犯罪者たる顔面は変えられないが、一発殴ろう。
それが無理でも体当たりくらいはしてやろう。
ようやく落ち着いた呼吸と心臓に溜め息ひとつ。
とりあえず表路地にまで出ようかと立ち上がったところに、ふと影が落ちた。
がし、と掴まれる頭。う、と漏れそうになる声。
そろりと視線を上げてみれば絵に書いたような笑みを浮かべる黒髪好青年が立っていた。
すいませんでした。
そう声に出さずとも態度には出そうと、それからはクロロの腕の中で大人しくしていた。
探した。超探した。なんて言いながら頬を軽く引っぱるシャルナークにも、反撃はせずに。
「
ってさ、絶うまいんだね」
帰り道。
人気のなくなった廃退地区を歩いているときにシャルナークが声を発する。
結局クロロが勝手に選んで契約した携帯電話をいろいろといじっていた私はそれに顔を上げる。
絶、うまいのか。
それは気配がなくなるという意味合いでいいんだよな。
決して影が薄いとかそんな悪口ではないよな。
「探すのに時間がかかった」
同意するクロロ。
時間がかかったとは言っても、私が絶をしてからクロロ達に見つかるまで1分も経っていなかったと思うんだが。
幻影旅団としては時間がかかった方なのか。
……そうか、絶がうまいのか私は……
……うまく隙を突けばあるいは……
「と、いうわけでだ」
手元にある携帯電話を指差され。
「GPS機能付き」
好青年の爽やか笑みはどこへやら。
口角を嫌味な感じに引き上げたクロロに、自分の行動を今更ながら深く深く、後悔した。
かくして私の手元には黒い二つ折り携帯電話が一台。
子供でも持ちやすいサイズで形は四角。
現代を生きる子供の親にとっては気休めになるだろう機能、
私にとっては今年一番の大誤算であると言って過言ではない、
グローバル・ポジショニング・システムが搭載された機器をひとつ、入手した。
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リクエスト : シャルと団長と主人公三人のほのぼの話