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「……あーん」
「…………」
「ほれ、あーん」
「……どうしてよりにもよってそれを選んだんだ」
「あーん」
「食わんぞ」

差し出したクレープが所在なさげに、空中で揺れた。






焼きたての薄い生地に包まれた真っ白な生クリーム。
覗くイチゴの赤色が鮮やかさと食欲をそそる。
食べ進めればチョコレートが細く糸のようにかけられていることだろう。
国民的な人気を誇り、また簡単な道具と材料があれば作れることから屋台などでも売られ、
人々の行き来が激しい通りでは必ずと言っていいほどよく見かける定番の洋菓子、クレープ。
最近ではアイスやケーキなどの甘味以外にもツナやハムを挟んだサラダ風、
エビチリが包まれたまんまおかずとしていけるクレープまでもが存在する。
種類は言うまでもなく豊富で値段も手頃であることから老若男女の支持を受ける代物。
かくいう私もサラダ風やおかず系には手を付けたことはあらずとも、甘味は好物だ。
店を見つけたら買うのが定石。食わずんば損。
隣で揺れていたロングコートの端を引っ張り、クレープ屋を指さして。
平日でも時刻は昼時。小腹を空かせた人が短い列をなし、それに並んだ。
メニューは迷った。定番の『バナナチョコ生クリーム』といくか、冒険するか。
サンプルを上から下まで見渡し、ふと目についた一品。
冒険をするなら海の果て奈落の底。やるからには後悔してでも徹底的に。
そうして選んだクレープ。
一口食べ、そして。

「………………」

早くも――後悔。
齧っただけで飲みこもうとしない私を横目で見たクロロがやっぱりな、という顔をした。
お茶で文字通り流し込んだそれをクロロに差し出し、そして冒頭へと戻る。


「もっと他にも選びようがあっただろう」
「……」
「どうしてそれを選んだんだ」

さっきと全く同じ質問。いたたまれない。

「……うえ」
「吐くなよ」

こみ上げる何かに口元を押さえる。
もう一度お茶が飲みたく、持っていたクレープをクロロに手渡した。
素直に受け取りまじまじと中身を見ている。
ああ、本当に後悔。

「誰だ『イチゴチョコ生クリームin納豆』なんて安直な名前と商品にGO出した企画開発者は」

奇抜開発者の間違いか、なんてうまくもない事をクロロが淡々と無表情で言っているけれど、
その考えにはまったく同意だ。どこのどいつだこんなものを売りだそうとした奴は。
サンプルも妙に美味そうに創りやがって。あれに騙されたのは私だけではないはず。

「で、どうするんだこれは」

ひらりとまだ手に持った物体Xを揺らし。
ほのかに香ってきた納豆の匂いに、食欲は増すが如何せん組み合わせが最悪だ。
世の中には納豆と珈琲ゼリーを混ぜ合わせたものだったり、納豆がメイン材料の店だって存在する。
だがそれでも納豆と生クリームを一緒にする必要はないだろう。
せめておかず系と一緒にしてくれ。

「あーん……」

クロロから受け取ったクレープを、Uターンでその口許へ向ける。
それでもやっぱり食べてはくれない。
納豆が嫌いなんだろうか。
納豆が嫌いな外国人は多いと聞くが、クロロもそうなんだろうか。
…好き嫌いは、駄目だな。

「嫌いなもの克服大作戦」
「……いきなりなんだ、食わんぞ。そもそも俺は納豆は嫌いじゃない」

そうなんだ。
納豆が好きなクロロもどうかと思うが、まあネバネバネバネバ食べている姿を想像しなければ別にアリか。

「そういうは納豆が嫌いなんじゃないのか」
「納豆は好物だ」

でなきゃ納豆入りのクレープなんて買う気もおきないだろうが。
そう、納豆は好物なのだ。粘つきが面倒だとは思うが、好物だ。
ただ。

「……嫌いなのは納豆と生クリームを混ぜた食べ物」
「素直に買うクレープを誤ったと認めろ」

うるさいな。
だからどうしようと思ってさっきからクロロにあーんとか気持ち悪いことをやっているんだろう。
見ろこの鳥肌を。さっさとその口を開けて丸のみにしてくれないだろうか。

一口だけ齧られたクレープを前に、納豆のせいで生クリームがちょっと茶色になってるよと
どうでもいいことを思って現実逃避。
私にはもうこれを完食しようなどという気持ちはまったくない。
けれど食べ物を粗末にするのはいかがなものか。
クロロは食べてくれないし、既に目も合わせてくれない。
…それなら仕様がない。ここは、もう、仕様がない。

「持ち帰ろう」
「魂胆が見え見えだ」

どうせフィンクスあたりに押し付けるんだろう、なんて即座に入る突っ込みに、ぐうの音も出ない。
だって、じゃあ、どうしろと言うのだ。鬼め。
は人形のままだし、こんな往来の激しい場所で大きくなんてさせられない。
そうなるともう、食べるしか、ないのか…。

意を決して、もう一口。
2、3度噛んだところでぴたりと顎の動きを止めてお茶のがぶ飲み。
腹を壊しそうだ。いや、その前に吐きそうだ。

涙を飲んでもう一口。
1度噛んだだけでお茶をがぶ飲み。
あ、しまった、やばい、お茶が底をついた。

小さな口でまだ3口。半分も減っていない。
食べ進めれば更に納豆の量が増えていく気がする。
本気で泣きそうだ、そう思った時。
横から腕が伸びてきてひょいとクレープを連れ去った。

「もういい、仕方ない……俺が食う」

絶対に言ってくれないだろうと思っていた台詞。
本当に、ヒトデの目ほども有り得ないだろうと思っていた。
鳩が豆鉄砲を空中キャッチするかの如く。
スズメがカラスに喧嘩を売るほどに。
…だめだ、例えが解らなくなってきた。
でもまさか本当に食べてくれるとは思わなかったから、この優しさにはちょっと嬉しさがこみ上げる。
なんか、ほんわかする感じ。

「借しひとつな」

返せ。
今すぐ返せ。
私が食べる。私が食べるから。

腕を引っ張ろうとしたけれどそんなこと叶うはずもなく、そのまま持ち上げられる。
クロロの左手には納豆クレープ、右手には私がぶら下がり、そんな中でクレープを頬張る青年。
なんかシュールだ。通り過ぎる人たちの視線が痛い。2度見するな。
手を離して降りようか、このまま意味もなくぶら下がり続けようかと考えているうちに、
クロロは見事にクレープを完食した。ちょっと頬が引き攣ってるみたいだけど、まあいいや。

「……で、何が食べたいんだ」

私をぶら下げたまま、またクレープ屋に近づくクロロ。
何がしたいのか最初わからなかったが、もう1個買ってくれるのだと気付いた。
ああ、なんか優しい。何か企んでるんじゃないかと思うくらい優しい。
気持ち悪いぐらいに優しい、が。
悪い気は、まったくしなかった。
私はもうメニューを見ることなく。

「バナナチョコ生クリームッ」
「可愛く言っても借りは減らないからな」

ちっ。
隠そうともしない舌打ちに、クロロはニヒルに笑った。









「嫌いなもの克服大作戦」

アジトに戻ってきて。
やっぱりクレープは王道が一番だと改めて思っていると、手に皿を乗せたクロロが一言。

「嫌いなもの、克服大作戦」

一言一句、ゆっくりはっきり。
嫌な笑顔。
皿が上のほうにありすぎて何を持ってきたのか分からないけれど、嫌な、臭い。
す、と差し出されたそこにあったものは。

「………………きのこ」
「椎茸大盛り」

香ばしく醤油で香りづけのされたきのこの炒め物。
多種多様、炒めるのは間違っていると言ってやりたいきのこまで入っていて。
ちなみに私はきのこ全般が嫌いだ。特に、椎茸が。

「すいません寄るな」
「借しひとつ」
「これは借しを返すとは言わない」
「俺がこれで満足するんだからいいんだよ」

何が満足? どこが満足?
そう言いながら後ずさっても、追いかけてくるきのこ、もとい、クロロ。

「ほら、あーん」
「本当すいません」

なんだなんだ、クレープのこと根に持ってるのか。
あの時私が言った台詞を流用しながら見事な箸使いで椎茸(大)を押し付けてくる。
『食べ物は粗末にしちゃいけません』
誰もが一度は見たことのある文面も、今の私にとっては道端にある『ひったくり注意!』看板のように意味がない。

なおも近づいてくるクロロを前に、ポケットに突っこまれていたを瞬時に呼び出した。
嫌いなもの撲滅大作戦、勃発。



アジトが住めなくなるまで壊れた頃、見かねたシャルナークがきのこを食べて事なきを得た。私が。




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  リクエスト : 団長とらぶらぶしてるようなしてないような日常話