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「…………」
「…………」

「……………………」
「……………………」


例えば今ここでこうしている相手がこいつじゃなかったとして。
例えば今ここでこうしている相手がシャルナークだったとして。
例えば今ここでシャルナークが口許を引き攣らせながら必死に笑いを耐えていたとして。
私は寛大な心と深い器を持ってその失礼極まりない行為を許していただろう。
マリアやマザーテレサのように慈悲深く、微笑を浮かばせながらすべてを許容していただろう。

しかし残念なことに今ここにいるのは今にも吹き出しそうなシャルナークでもなく、
握り拳をどのようにその顔へヒットさせるか考えながら微笑んでいる私でもない。
そう、そこにいるのは絶対零度という言葉がこれ以上なく似合うであろう人物。
細い目をさらに細めてなぜかこちらを凝視しているフェイタン、であった。



事の始まりは何か。知らない。
寝て起きたらこうなっていた。
まるでこの世界へ飛ばされてきた時のように唐突で、あまりにも私の意思を無視している。
蟻の心臓のように、ミジンコの第一触角のように微細なものだと言われているかと思うほど、
私の意思は意味を成していない。
まあそんな理不尽さにはもう慣れた。
世界の常識なんてのはこちらに来て3日で考えるのを放棄している。
生命の不思議なんてのも同様にドブヘ捨ててきた。
元の世界では新聞に載ってメディアに取り上げられ『不可思議な進化』として後世まで名を残すであろう
この事象だって、この世界ではまあたまにはそんなことあるよねの一言で済まされるのだ。
だからこそもう疑問に思わず受け止めよう、容認しようと決めたのに。決めていたのに。

ふわり、と目の前で黒く長い尾が揺れる。
の尻尾? 違う。残念ながら違うんだ。
だっては揺れる尾の向こう側、私を正面に見据えた状態で座り、揺れる尾を目で追いかけている。
そしてこの尾は私の後ろから伸びている。
私。尾。。尾。
この順番で並んでいる。
いやいやおかしい。おかしいだろう。なぜ尾が2つも登場するのだ。
私。。尾。
これが正しい状態じゃないか。尾が2つあるのはおかしいだろう。
ふわり、尾が左へ。の視線も左へ。ついでに私の視線も左へ。
ふわり、尾が右へ。の視線も右へ。ついでに私の視線も……。
あ、嫌なものと目が合った。目が合った。
新月に限りなく近い月、凶器のように尖った三日月を彷彿とさせるような細い目。
誰のものか、なんて考えたくもない。
鼻から下は独特で個性溢れる服装に隠れ見えないが、笑んでいる事だけは確かだった。
どんな風に笑んでいる?
そりゃあもちろん母親が無邪気に遊ぶ我が子を見守っているかのような暖かい視線、な訳では当然なく、
その微笑ましい親子の命をどのように狩ってやろうかと危険な思想を巡らせている殺人鬼のような顔で、笑んでいる。
ともすれば今にも隠れた服の下からナイフが飛んできて私の眉間に刺さるかもしれない。
そんな想像が自然と浮かんでくるほどコイツの笑顔はおそろしい。

どうしてこんな時に誰もいないのだ。
この際シャルナークでもいい。もしくはフィンクスでもいい。
できればフェイタンに限りなく抵抗できるクロロとかでもいい。
とにかく私とコイツを二人きりにしないでくれ。
恐らくクロロから殺すなとか言われてるだろうから、死ぬ心配はないが、
しかしだからと言って落ち着けという方が無茶だ。腰を下ろすことなんて出来るわけがない。
どうやってこの状況を打破しようか。考えを巡らせていた、その時。

「――――ッ!」

突然強い力で掴まれた尾。
ビリビリと電流が走るかのような痛みが脳まで駆け上がり、チカチカと視界が白ばむ。
全身が総毛立つような衝撃に弾かれ、咄嗟にへ飛びついた。


――びっくり、びっくり、した…。
ドッドッと早鐘を打つ心臓に構うこともできず、ただ茫然と黒い毛にしがみつく。
何が起こったのか。
おそるおそる自分に生えた尻尾を揺らしてみると、何に遮られることもなくふわりと揺れた。
しかしまだ先ほど掴まれた部分が痛い。

ゆっくり後ろを振り返りると。
ひやりとした空気を纏い、
限界まで細められた目と、
浮いたままの手。
言わずもがな、掴んだのはコイツだ。
自分の手に落とされていた視線がまたすいと私に向き、再び手が伸ばされ――

しかしそれを防いだのはだった。
身を捩り壁となって、その巨体で私とフェイタンを切り離す。

「…………」

唸りはしないものの気迫は充分。
それがフェイタンに効くかどうかはともかくとして、立ち塞がった。
数秒。
三日月状態からただの切れ長へと変化させた目元が興が冷めたと表し、
フェイタンは呆気なくどこかへ去った。
空気が萎むのを感じて、身体から力を抜き、掴んでいたの毛も離す。
何だったんだ、何だったんだ本気で。
実は犬好きで尻尾を掴んでみたかったからとかそんな可愛い事でも言うつもりだろうか?
いやそれはいくらなんでも鳥肌ものだ。おそろしくて敵わない。
もしもカレンがそれを言うのなら許そう。掴んでも、まあ頬を引っ張るくらいで許そう。
だが相手はあのフェイタンだ。
拷問を何よりの趣味とし何よりの楽しみとしてきたフェイタンだ。
ニタリという擬音が最もよく合う笑いをする奴だ。
そんな奴がそんな理由を口にしようものなら……ああおっそろしい。

フェイタンの去った方向を見ながら呆けていると、がぐいと体を押す。
されるがまま抵抗せずに瓦礫に腰を下ろした。隣に
何をするやらと思ってみても何も起こらず。
その行動を不思議に思いながらも、コイツは突然尻尾を掴んだりしないだろうから、まあ良いだろう。
ふかふかした毛に寄りかかる。ちょっと埋まった。
生えた尻尾を前に持ってきて、具合を確かめる。痛みも引いて、特に折れてるとか傷とかはなさそうだった。
尻尾って、急所だったんだな……。
人は耳とか鼻を削ぎ落されるとショック死する可能性があるとどこかで聞いたが、
動物の尻尾もそれにあたる気がする。これを切られたらと思うと、なんだか、もぞもぞする。
爪を剥がされるのを想像すると指先がもぞもぞするのと同じだ。
それをいきなりあんな風に鷲掴みにするとは。まったく油断も隙もあったもんじゃない。
いやでも油断も隙もなかろうがフェイタンの前では取るに足らない事実であるのだが。
ああ虚しい。

尻尾の中ほどを持って、先っぽを小さく揺らしてみる。
長い尻尾だ。立って、垂れ下げたら地面についてしまうんじゃないだろうか。
ひょこひょこ動かしてたら横から飛び出てくる鼻。
自分にも付いてるくせに物珍しそうに顔を寄せてくるから、べしんと軽く叩いてみる。
くすぐったかったのか軽くくしゃみをして。
今度は頭の天辺に生えた耳へ。
荒い鼻息があたるなと思っていたらベロリと舐められる。
掴んでいた尻尾の毛が逆立ち、手の中でぶわりと一回り太くなった。
驚きで硬直していると連続して舐められる耳。
猫がするように、毛づくろいをされて。
涎が髪にも付くだろうが、と遠ざけようと思っても一向には引かず。
諦めて耐えていると満更でもなくなってくる。気持ちいい。
反対側の耳も舐められて。
うとうとしてきた。
危険も去ったことだし、このまま寝ても、良いだろうか……?
なぜ尻尾と耳が生えたのかなんて、起きてから考えても遅くはないだろう。






(離れた所から様子を窺っていた変態シャルナーク視点)






「……で、なんでに耳と尻尾が生えてるわけ? 超触りたいんだけど」

遠くでフェイタンとが対峙しているのを目の端に捉えながら、
じとりと隣にいるクロロへ視線をやった。その右手には『盗賊の極意』。

「先日面白い能力を持ってる奴がいてな。試してみたんだ」
「とてもじゃないけど実戦向きじゃあないよね」
「ただの趣味だろうな」
「…………」

そんな能力を開発する奴もアレだけど、それを盗んだ上ににかけるクロロもどうなんだろう。
ハア、と溜め息を吐いて、そんなを構い倒したいと思ってる自分もどうなんだともうひとつ溜め息を吐いた。
……あー触りたい。

「ところであの念、どうやったら解けるの?」
「それが、かけたら最後みたいでな」
「……え、」

それってこの先ずっとあのまま、ってこと?
触りたいだとか構いたいだとか思ってるけど、さすがにそれは面倒だ。
一生人目に触れないようにするならまだしも、は結構自由を許されてる。

「だが、まあ、フェイタンがに飽きたら解けるだろうな」
「えーと? ――あー……あー、なるほどね」
「そういうことだ」

可哀相な術者だ。
あんな変態じみた趣味を持ち、それを実現できるだけの力を持っていたのが運の尽き。
今度はフェイタンの趣味に付き合わされてジ・エンドってことだ。

意識を達へ戻すと、ちょうどフェイタンがの尻尾を掴んだところだった。
あ、またが庇った。まったく過保護だよね。おかげで俺も近づきにくいったら。

「ところでクロロ」
「なんだ」
「なんでにあんな念かけようと思ったのさ」

クロロにそんな趣味があったとは驚きだ、なんて呟いてみたらちょっと威圧感が増した。
冗談なのに。半分だけ。

「別に尻尾と耳を触ってみたいとかじゃないんでしょ?」
「違うな」
「じゃあ何さ」
「さて、な」

珍しく言葉を濁す。
いや、濁すってより、言う必要もないってか、別に意味なんかなさそうな言い方だ。
まあ別にいいけどね。

「あ、フェイタンがどっか行った」
「――そろそろ念が解けるな」
「ご愁傷様」

顔も見たこともない術者へ一言残し、俺はとじゃれてるの元へ。
すぐにが反応したけど何にもしないよーと手をひらひらしながら近づく。

相変わらず無表情な子供だけど、でも、自分で気付いてるんだろうか。
毛繕いが始まったころから尻尾が小さくぱたぱた動いてることに。
まるで犬が嬉しがって喜んでいるかのように。
今は俺が来たことで止まってしまったけど。

「ね、尻尾、触らせてよ」
「……」

直球で聞いてみたら。あ、すごい嫌がってる。
耳も尻尾も下がって、なんていうか、警戒中?
犬っていうか猫みたいだな、なんて。

「……嘘だよ。ちぇ。ほら、飴あげるからこっちおいでー」
「…………」

しゃがんで手招き。
飴を手の上で転がして誘ってみるけど、まったく近づこうとしない。
俺も嫌われたもんだね。
それでもの視線は飴に注がれていて。素直じゃないなあ。

あんまり焦らしても可哀相だ。
持っていた飴をひょいとへ放った。
しっかりと受け取って、一瞬こちらを見て、飴を見て、包みを外してににおいを嗅がせて。

(別になんも入っちゃいないのに。俺の信用って一体どこで落としてきたんだろう?)

問題がないと分かると、それを口に入れた。
じ、と注意深く尻尾を見る。
ゆらり、僅かに揺れて。左右に小さく小さく振れた。
あーやっぱり面白い。

今、この位置で足に力こめたらどんくらいでの元まで近付けるかな、とか。
が邪魔してくるかな、とか。
そんなことしたら俺の信用は地に着くどころか地中まで潜るな、とか。
でもやっぱりあの尻尾触りたいな、とか。
耳もいいな、とか。

そんなことを思いながら観察して。
表情を顔に出さないまでも素直に揺れる尻尾を見て思わず笑いがこぼれた。





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  リクエスト : 主人公に犬とおそろいの犬耳、尻尾が生えたら、犬および旅団はどう反応するのか