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もう、だめだ。
もう、限界だ。だめだ、もう。

私は頑張った。よくぞここまでやり遂げた。
昔からこれには弱かったんだ。人並み以上に弱かったんだ。
それをここまで達成したのだから、もう充分だろう。
これ以上やれとは、なんと無慈悲な言葉なんだ。

握っていたそれを放り投げて、私は脱兎のごとくその場から逃げだした。
後ろから「うわっ」なんてシャルナークの悲鳴が聞こえてきたけど、無視だ。
構ってられるか。もう限界なんだ。







「ぅぐッほお!!」

瓦礫の一角に腰を下ろしてボケっとしていた眉なしフィンクスに私は後ろから突進した。
勢いをまったく殺さなかった体当たりは思いのほか強力だったようで、ガタイの良い体は珍しくも前へ折れる。
反動で沿った首の辺りからグキという好ましくない音が聞こえたが、そのまま背中にしがみついた。
顔を埋めて密着する。

「……ってンめ、このクソガキ! 何しやが、……ぁ、あ?」

ぐす。
鼻をすする情けない音が小さく響く。
ジャージを強く握りしめて、猿の子供が親に張り付くようにぴったりと。
いつもとは様子の違う私に、フィンクスが眉間に眉を寄せるのがなんとなく分かった。

「お、おい? なんだよ」

珍しく動揺した声。
それに応えるように、首をゆるく振る。
何でもないんだ。だからこのまま大人しくしててくれ。
一層強く握りしめてその意を示す。
いつもよりあまりにも弱気な姿に見えたのだろう、フィンクスは何も言わずに体から力を抜いたようだった。
ちらりと視線を上にやると、涙でぼやけた視界で首をさする姿が見て取れた。
困っているのか照れているのか呆れているのか、はたまた首が痛むんだろうか。
さっきの体当たりは思いの外効いたのかもしれない。

、なあ、お前どうしたんだよ」

それにもまた弱く首を振って応えるだけ。
はあ、と溜め息が聞こえてきて、強く顔を埋めていたその背中が僅かに動いた。
ボス、と頭に大きな手が乗せられて。
ぐしゃぐしゃと掻き混ぜられる。
フィンクスにしては存外優しい仕草で。
その怖い顔がなければ保育士になることを勧めているところだ。
爪が白くなるほど握っていた手から少しだけ力を抜いて、深く呼吸をする。
でも涙が止まらない。


「あら、?」
「え、ちょっと、どうしたの?」

フィンクスが諦めてじっとしていた時だ。
パクノダとマチの声が聞こえた。
どちらの声色にも困惑が含まれていて。
今のこの状態が普通じゃないことにはすぐに気がついた。

「ちょっとフィンクス。あんた何かしたんじゃないだろうね」
「はあ!? なんもしてねぇよ!」

突き刺さるような冷たい声。
それが私に向けられていたなら体の筋肉が硬直するのだろうが、流石は幻影旅団。
売られた喧嘩は買ってやるよまとめ買いだといった姿勢でフィンクスが答えた。

「じゃあなんでが泣いてんのさ」
「俺が知るか」
「なんだ珍しいな、が泣いているのか」
「げ……」

突然の乱入者、クロロ。
本当に突然。相も変わらず気配がない。
そしてそれにしまった、とでも言いたそうなフィンクスの声。
保護者の登場だ。

「……フィンクスが泣かせたのか?」
「だから俺じゃねぇっつってンだろうが! なんで真っ先に俺を疑うんだよ!」
「眉なしだからでしょどうせ」
「関係ねえ!」

フィンクスって弄られキャラだよなと未だに顔を埋めて真っ暗な視界でそう思う。
いちいち反応するから弄られるってのに。
繰り広げられる本気のコントがいつ死闘に発展するか分からない。
ひやひやしながらじっとして聞いていた私に、今度は話が振られた。

、どうしたの?」

なんで泣いているの、と優しいパクノダの声が鼓膜を震わせて。
繊細な手が柔らかく頭を撫でる。フィンクスのより何倍も落ちつく。
しかしそれにも答えようとせず、ただただ首を小さく振った。
ぐすり。鼻をすする音。
それらをどのように捉えたのか。周囲の空気が凍るのを身で感じた。

「……フィンクス」
「……あんた」
「……見損なったわ」
「はあ!? だから俺じゃねえって――俺だってなんでが泣いてんのか知らねぇよ!」
「顔が怖いからでしょ」
「声がでかいからじゃないか」
「眉ないくせに」
「眉毛関係ねえっつってんだろ!!」

非難の嵐。
四面楚歌。
孤立無援。
多勢に無勢。

いっそ可哀相なまでの誹謗中傷。
聞いているこちらが仲介に入ってやろうかと思うほどの集中砲火。
しかし私が先ほどいた場所から気配を消そうともしていないシャルナークが近づいてきている。

……潮時だ。


「あ、いた……って皆でなにやってんの?」
「フィンクスがを泣かせているのよ」
「違ぇ!」
「は? フィンクスが泣かせたの? 俺はてっきり目が痛くて泣いたのかと……」
「――目? ……おい、シャル。お前なんで包丁なんて持っているんだ」
「料理中」
「……団長、アタシ達今日外で食べてくるから」
「ちょっと何宣言してんの、大丈夫だよ自称プロだから」
「自称ね」
「自称」

シャルナークが料理できるというのは私も驚いたが、包丁さばきはすごかった。
活用する場所を普段間違い過ぎてはいるが。なんて犯罪者に言っても意味はない。

も作ってんだよ。ってもほぼ味付け専門ぽいけど」

数本のナイフを武器として所持しているが、ほとんど使う機会もない上に
もともと料理なんて元の世界でもしちゃいない。
そんな私に素早く野菜を切れなんて無理な話だ。
味付けは適当にやってればそれなりの味になるから任せとけと言っただけ。
専門というより、味付けしか出来ないというのが実のところだ。

「で、に一個だけ野菜切るのお願いしたら突然包丁を放り投げて走ってくんだもん」

もー俺びっくりしちゃった。なんて言ってるその口を引き裂いてやりたい。
わざわざあんなもの切らせなくてもいいじゃないか馬鹿やろう。

「――それで、何を切らせていたんだ?」
「玉ねぎ」
「………………」

沈黙。
大体の察しがついたのは恐らくシャルナークとフィンクス以外。
シャルナークは、玉ねぎを切るとどれほど目が痛くなるのかを知らないらしい(包丁を放り投げるほどだ)。
フィンクスは、たぶん話が飲みこめてない。
でも爆発までは時間の問題。

小さな小さな声でを呼んだ。
ポケットに捻じ込まれていた黒い塊が大きくなりながら飛び出す。
さあ、カウントダウン。

「……………はああぁぁぁぁぁ!?」

フィンクスが大声を出すと同時、弾けるように背中から離れ今度はの背中へと飛び乗った。
一拍の間も置かずに走りだす。容赦ないスピードに、周囲の景色は混じって不鮮明に。


「あ、おい、フィンクス。 お前その背中……」
「――な、んッだこりゃあ!!」

離れるとき一瞬見えたフィンクスの背中。
そこには拭った私の涙と鼻水が盛大にべたりとくっついていた。



涙を流してすっきり爽快。
ついでに風が気持ちいい。
後ろから全速力で何かが追いかけてきているが、いざとなったらを巨大化させれば問題ないだろう。
このままどこまで逃げようか。このまま撒いてアジトに戻ってしまおうか。
そんなことを考えながら聞こえてくる罵詈雑言を文字通り風に流し、
味付けも含めやっぱり全部シャルナークに任せようそうしようと心に決めた。



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   リクエスト : 主人公が可愛く笑ったらor泣いたら、旅団員はどんな反応するのか