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クロロとの攻防戦








閑散とした廃墟群の一角。
廃ビルに積まれた廃材の一角。
そんな吹き溜まりを物理的に表現したような場所で、私は手を動かす。
眩しそうに壁に空いた穴へ向かって手を翳してみたり、伸びをするように両手を組んでみたり、
腹が減ったとお腹をさすってみたり、欠伸を隠すように口元を覆ってみたり。
いつも以上に忙しなく動く私の右斜め前にはクロロが、左斜め前にはがそれぞれ腰を下ろしていた。


うららかで実に平和な昼だ。
連休1日目の午前中を思い起こさせるような、人の心を見返りなしで暖かくするような。
そんな縁側に座る仲睦まじい老夫婦を見守るような気分にさせる空気の中で、
先ほどからとクロロの間には互いの手が逆光で橋のような影を作り出しながら
なにやら応酬がされている。とても和やかとは言えない、雰囲気で。

右から伸びてきた手を尻尾で払い落とし、左から伸びてくる爪剥き出しパンチを弾く。
弾いた勢いのままの頭を掴もうとした手は大口を開けて噛み付こうとする動きに制限される。
どこを掴もうとしても必ず噛まれるだろうことを想定して、クロロの手が引っ込まされた。
私はそれらのやり取りを見ながら髪の毛をいじる。
生まれてこのかた枝毛なんて見たことはないが、それを探すかのように一束摘んでは弄ってみる。
が腰を上げて大胆にもクロロの喉元目掛けて口を開けながら突進した。
さすがのクロロも立ち上がって避け、軽く臨戦態勢をとる。も同様に。
そんな中、ふわりと春一番を思わせるような温かい風が入ってくる。
草原に寝転びたくなるような陽気だ。眠気に誘われる。


「おい、おい

目をから逸らさずに、寝るなとでも言いたげな声色で話しかけられた。
時間がゆったりとしていて世の喧騒など忘れてしまいそうな気分でいたのに、なんだよ畜生。
視線だけで先を促す。

「こいつを何とかしてくれ」

ほとほと困ったような、疲れたような雰囲気が漂っている。
先ほどから訳の分からないの攻撃にどう対処して良いのか悩んでいたようだ。
仕掛けたのはの方から。突然の尻尾ビンタ。
クリーンヒットとまではいかなかったが、面食らったクロロの顔は大分笑えた。
それからというものからの突然攻撃が始まり、ついにはクロロが反撃に出、収拾がつかなくなった。
そして今、お互いが腰を上げて構えるという事態に陥ったのである。
クロロは先ほどまで読んでいた本を開いた状態で持ったまま、はクロロと対峙しているにも関わらず
腰を下ろした状態でじっと前を見つめていた。たまにちらりとこちらに視線を寄越す。

「なんとかって、何を」
「何を、じゃない。これだ。なんで俺が攻撃を受けてるんだ」
「……」
「ちゃんと躾けられてるんだと思ったんだが、違ったのか?」

はいつも私の横で鎮座している。それはもう従順に。
私が躾けたわけではないが、傍から見れば誰もが名犬だと口を揃えるだろう。
そして無闇に他人を傷付けたりはしない。子供に多少乱暴に扱われたって甘んじている。
だからこそ、のこの理不尽な行動がクロロには理解できないのだろう。

さてどうしようと、湿気を煩わしく思うかのように明後日の方向を見ながら首元をさすった。
がクロロの首元目掛けて爪を振り下ろす。派手な音がした。
躾、ね。

「…一般家庭で飼われている犬は、大体において言葉で命令される」
「は?」
「躾ければ猫や豚だって芸をする。時にはハムスターだって」
「…?」

突然の物言いに混乱したクロロがこちらを見る。
その顔も笑えるな、と表情に出さずに思った。

「馬や象など乗り物となる動物は、手綱の引かれ具合や足の蹴り方で指示を聞くよう調教されている」
「…まあ、そうだな」
「水族館でショーに出されているイルカやシャチは、手の動きに合わせてその体を使う」
「……」

訝しげな顔をしながらも、クロロは黙って聞いている。
臨戦態勢はいつの間にか解かれていた。

「そして手の動きだけで命令を聞くのは犬にも出来る。だが、」
「だが?」
「それらの躾には相当な時間がかかり、また難しいものだと聞いた」
「…つまりなんだ」

「…つまり、試しに教えてみたら案外簡単に覚えたから、その成果を見ようかと」
「……」

じろり。そんな言葉がぴったりの視線。
半目になりながらも疲労の色を濃く浮かび上がらせ、その口許がひくりと痙攣した。

話は終わった。
たくさん喋って喉が渇いたな、と思いながら、髪を一束掴んで弄る。
がクロロの首元目掛けて大口を開けながら突進した。


「お前が黒幕か、!」


うららかな午後である。




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